「あいのうた 〜例えば俺と君の関係は〜」

「・・・そうだ、悪いが俺の髪を持っていてくれ。死んだら骨も残らんだろうからな。
どうせお前を守って死ぬから、俺の分だけでいいだろう」


とある昼下がり、味のれんのコロッケを箸でいじりながら、若宮はそう言った。
既に20杯目の丼飯をたいらげている。
傍らには、山積みになった空の丼が重なっていた。

「はっ?。・・悪いが耳までおかしくなったようだ。今なんと言った・・?」

舞は、己のカダヤの言った言葉が、一瞬理解できずに聞き返した。

「いや、だから遺骨代わりに俺の髪を持っててくれと、そう言ったんだが?」

「それはつまり、私よりも先に死ぬということか、康光」

「・・・どうかな・・、スカウトなんてのは死を恐れるようじゃ勤まらん。
おまけにこの戦況だ・・まあ願掛けのようなもんかな。」

「ふむ・・・我等芝村にとって、願掛けなど無意味。明日を変えるのは己の力のみだ。
2度とそんな世迷言を吐いてみろ、そなたの手足をへし折ってやるからな!」

「おいおい・・・怒るなよ。何も今日明日死ぬと決まったわけでもないだろう?」

「たわけっ、そんな事を考える暇があったら、訓練だ。私はそんな軟弱者をカダヤに選んだわけではないのだぞ?
・・もうよい!、私はたった今気分が悪くなった。帰る!」

舞はコロッケ定食のお金を、テーブルに叩きつけると、若宮の方を睨み付け、肩をいからせて出ていった。

「お、おい!、ちょちょっと待てって!、話を聞いてくれよ!」

慌てて、箸を置いて追いかけようとする若宮。だが時すでに遅く、既に舞の姿はそこにはなかった。





「・・・はあ。」
溜息交じりに歩く、大柄な男が一人。説明するまでもなく若宮康光その人であった。

昼食時の騒動から、今日1日は訓練にも、仕事にも精が入らず、ただ無駄にサンドバッグを叩きつけていた。

無論むやみやたらに拳を振りまわすだけで、まったくもって普段の彼から見ればうまくいっていないのは明かだった。

「ふうーー・・。」

子1時間程そんな事を繰り返していると、いつのまにかとっぷりと日が暮れていた。

「あら、若宮君。今日はやけに荒れているわねえ。ハンガーまで音が聞こえてきたわよ?。」

しきりに身体を流れる汗を、首にかけたタオルでふいていると、ふと原に話かけられた。

「普段の貴方らしくないわねえ、一体どうしたのかしら?。お姉さんが話を聞いてあげるわよ?、なんちゃって」

「も、素子さん。実は・・・」

若宮は最初黙っていようと思ったが、溜まりかねて、口を開いた。

それから彼は、舞とのいざこざを洗いざらい話した。




「・・ふーん、なるほどねえ・・。若宮君、貴方女心がわかっていないわね」

「はっ、・・女心・・ですか?」

「あのね?、男どもにとっては、戦争で潔く死んでいくことは名誉の戦死かもしれないわ。でもね・・」

原は、ふと若宮をきっと睨み付け、
「でもね!、若宮君。女にとって、身近な誰かが一人、また一人死んでいくのはとても辛いことよ?。
それが大事な人なら尚更。凄い勲章を取るよりも、出世することよりも、ただ毎日生き続けてくれる方が、
よっぽど安心するものなのよ!」

原は息ををつき、話を続けた。

「いい?、若宮君。これは上官命令よ、ここに2枚の映画チケットがあるわ。
今日中に芝村さんを誘ってきなさい!。いいわね?。」

「は、はいっ!」
原はチケットを若宮に、半ば強引に握り締めさせると、校舎のほうに歩いていった。



(まったく・・あの子達はまだまだ純粋ね。・・私が忘れてきてしまったものを持っている・・。
羨ましい・・のかしらね)

原は遠い目をして、夜空を見つめた。どことなく憂いあるその表情は悲しみを帯びているように見えた。

「珍しいですね、貴方が若宮君に説教なんて」

声のする方向に振りかえると、そこには善行が立っていた。

「・・ただ、あの子達にはうまく行って欲しいだけよ。私と貴方のような関係にはなってほしくないもの・・」

「・・・そうですね」

善行もまた、遠い目をして夜空の星を見つめた。今夜はどことなく月も擦れてみえた。

「それに、あの子達は、実にいい整備のストレス解消になるのよ?。ねえ、どれくらい続くか掛けしない?」

原のその言葉に、善行は微笑を浮かべ、
「ふふ、若宮君はあれでなかなかプレイボーイですよ。私は彼に掛けます」

「そう、じゃあ私は芝村さんに掛けるわ」


ふと視線を交し合う2人。なんとなく良い雰囲気。

「ああ、うまく言えないのですが、今度の日曜にでもどこかでかけませんか?」

「・・考えておくわ」

それきり会話は途絶えた。




一方若宮は、舞の姿を探して校舎内をうろつき回っていた。
ハンガー2階まで来て、ようやく見つけた。

舞は時折、ぶつぶつ独り言をいいながら、投げやりに仕事していた。
そんなものだから機体性能もあまり上がらず、延々とその繰り返しをしていた。

若宮はすっと、舞の隣に座ると、黙って整備の手伝いを始めた。

舞は一瞬若宮の姿に驚いたが、敢えてそれを口にするわけもなく、仕事をこなそうとした。


ひとしきり、仕事を終えて、先に口を開いたのは若宮だった。

「・・・今日はすまなかった。お前の気持ちも知らず、あんなことを言う俺はどうかしている・・」

ただ黙って若宮の言葉を聞く舞。

「その・・・なんだ、詫びというのはなんだが、今度の日曜、どっかいかないか?。」


その間黙っていた舞は、ようやく重い口を開いた。

「・・たわけ、良いか、その日はお前が嫌というほど熊本中を引きずりまわしてくれるからな!。
覚悟しておれよ・・」

それきり舞は喋るのをやめて、下を向いた。頬が少し赤い。

「・・わかった、覚悟しておこう。あとご希望はあるかい?、姫様」

若宮はさしずめ姫にひざまつく、騎士さながらの真似をした。

「・・・ない」

ただ一言舞も、そう応えるだけだった。




そして、日曜日。2組のカップルが新市街にて目撃された。
1つは若宮と舞。そして・・もう1組は善行と原。


どことなく幸せそうなその2組のカップルのデートの話題は、しばらく小隊内でささやかれたとか。

願わくば、彼らに幸あらんことを願って、筆を置くことにしよう。


〜終幕〜