「愛と情熱の逃避行〜だって好きなんだもん〜」前編

とある小高い丘の上に、それはそれは大きな屋敷がありました。

屋敷の主人は善行忠孝。巷ではあまりの脛毛への異様なまでのこだわりようから 脛毛男爵と呼ばれておりました。
彼のお仕事は貿易商で、衣料品の輸入販売に関わっておられます。
特に彼の目で厳選された靴下は、その出来具合からその方面の方々に大変好評でございます。
彼がここまで業績を伸ばすことができたのには、影で支えた二人の男のおかげでございました。
その男の名は、来須銀河と若宮康光。
来須は寡黙な執事、若宮は忠実なボディガードとして、二人の役目はそれぞれ違えど、
これまで善行ブランドの旗揚げ時からよく尽くしてこられました。

 そんなある日のこと、あまりに男所帯では寂しいということで、メイドを雇うことになりました。
今日丁度町外れからその娘がやってくるということで、善行は来須を迎いに出しました。
駅につくと、ゴシックロリータな黒服に身を包んだ一人の少女が大猫を抱いて立っておりました。
来須は出切る限り怯えさせない様に近づき、話かけた。
「…お前がそうなのか?」
かなり言葉を端折っているが、来須的には、善行からの使いで来て、貴方がメイドの方ですかと言いたかったらしい。
…不器用すぎでございます。
突然長身の青目の男に話し掛けられ、一瞬言葉が出なかったが悪気があってそうしているのではないことに気がつくと、
その娘はかすかに頷いた。
「…そうか」
来須はただ一言そういうと、娘の手を取って馬車に乗せると、そのまま屋敷に向かって走り出させた。
屋敷への帰り道、不器用ながらも来須は彼女の緊張をほどこうと必死に話し掛けた。
「…名前はなんというんだ」
「…石津…萌…」
擦れ擦れになりながらも、娘も話だした。どうやらあまり喋りが上手くないようだ。
だが来須はいたってそういう部分を気に留めることもなく、普通に接した。
娘も自分が上手く喋れないことが1番のコンプレックスだったようで、来須のそういう態度に
次第に打ち解けていった。
「…貴方…の名前は…?」
「…来須。来須銀河だ…」


 それから30分ほど走っただろうか。屋敷の門前で馬車を止め、萌を座席から下ろすと
屋敷の中へ招き入れた。屋敷の中には既に善行と若宮が今や遅しと待ちかねていた。
待っている間ずっと若宮は、善行の傍らで直立不動の態勢で立っていた。
その様子を目の当たりにした萌は、あまりの若宮のその怖さに、来須の影に隠れてしまった。
「お待ちしていました、貴方が石津さんですね。私は善行忠孝と言います。
…おや、怖がらせてしまいましたか?」
握手を求めようとして、彼女が若宮の姿に怯えているのに気づくと若宮に態勢を解くように言った。
「すみません、彼も立場上私の傍を離れないので今後もこうなります。あまり気にしないであげてください。
若宮、貴方も挨拶なさい」
「はっ!。ご挨拶が遅れました!私は善行殿のボディカードを務めております若宮康光と申します!。
先程は怖がらせてしまったようで申し訳ありません!何分こういう仕事をしておりますと普段から警戒を
怠るわけにいきませんので。以後お見知り置きを」
握手を求める若宮。恐る恐る萌も来須の影から手を出して握手を交わした。か細い手を折らぬように
細心の注意を払いつつ続ける二人。

「さて、屋敷の中を案内しましょうか」
そう善行が言い終らない内に屋敷の扉が勢いよく開かれた。
「善行ーーーー!ちょっと善行はどこー!」
言葉の主は、づかづかとホールに入ってくると、善行の姿を見つけ掴み寄った。
「ちょっと!私を先置いて女を招き入れたってどういうことよ!説明して頂戴!」
「も、素子。ひとまず落ちついてください!。どう言う情報が飛び交ってるかは知りませんが
それは大きな誤解ですよっ!」
「嘘っ!現にここにいる女は何なのよ!れっきとした証拠じゃないの!」
「その人は今日からウチで働いてもらうメイドですっ!。貴方が考えているような方とは
全然違いますよ!」
必死に現状を説明する善行。なにか種類の違う汗が額から流れ落ちる。
善行の胸元を掴みつつ、萌に目をやる素子。
「ふーん…そうなの。あんなほそっこい子に勤まるかしらね」
冷たい視線を浴びせる素子。その視線に気がついたのか萌はまた来須の影に隠れた。
「いいわよ、貴方がその気ならこっちにも考えがあるわ」
うっすらと狂気を帯びたその目は見る者を威圧するには十分だった。
「…若宮、素子を部屋に連れていきなさい」「はっ!」
がっしりと羽交い締めにする若宮。
「は、離しなさい!若宮!。お、おのれ善行!覚えておきなさいよ!」
そのまま若宮に持ち上げられ、2階へ連れて行かれる素子。
「…すみません。また怖がらせてしまいましたか。彼女は原素子。私の…知り合いでね」
そう言葉を濁す善行。何やら色々あるようだ。
「申し訳ありません、ちょっと執務が立て込んでますので私は仕事へ戻らないといけません。
あとは来須、任せましたよ」
「…ああ」
「それでは私はこれで」
いそいそと執務室へ戻る善行。後ろ姿に哀愁が漂うのはいかがなものか。


その後、来須に連れられて自分の部屋に向かう萌。
「…ここがお前の部屋だ、制服は既に用意しておいた」
「…ありがと…」
「…起床は朝5時、遅れるな」
「…わかったわ」
その後、来須と別れてベッドに横たわる萌。連れてきた大猫のブータに餌を与えると
さっそく制服に袖を通してみた。
「…綺麗…だわ」
部屋に備え付けられた鏡の前でくるりと回ってみる萌。
「…でも…ちょっと…趣味入ってるわね…これ」
それもそのはず、この制服は善行自ら選びに選び抜いた中の一作。
『あまりの熱心さに本業がおろそかになりはしないかと心配でありました』とは若宮の弁。
「…コレは…猫耳…?」
制服と一緒に紙袋に入っていたのは、紛れもなく黒猫仕様の猫耳そのものだった。
「…まさか…これもつけ…るの?」
そんな考えが頭の中をよぎり、萌はちょっと憂鬱になった。
「…呪うわ」

それからというもの、萌は一生懸命働いた。
仕事そのものは至って順調そのもの。食事を作らせれば、あくまで自己主張することなく
それでいて癖になる味を作りだし、大変喜ばれた。
掃除洗濯にかけては、プロのハウスキーパーも裸足で逃げ出すほどの腕前を見せた。
…始終猫耳装備でだが。
その活躍により、次第に善行及び来須・若宮両名に好かれていく萌。
その様子を良しとしない原は、とある陰謀を企んだ。
どうあってもここにいられないようにする為のあくどい計画。
そんな魔の手が迫っているとは、知る由もなかった…。




後編へ続く…続くったら続く