始まりは、机の中に入っていた一通の手紙。昼休みふと机の中に、綺麗に折りたたまれた一枚の紙が入っていた。
なんとなく気になってそれを開いてみる。
「屋上にて待つ 原 素子」
彼女とは微妙な関係が続いている。過去のことも、今、現在も。善行はその手紙を大切そうにポケットにしまいこむ。
教室で話せばいいのに…まあいい、行きますか…。
彼女に誘われるのは悪い気はしない。いや、むしろ嬉しいのかもしれない。
屋上…。
屋上はまだ少し冷たい風が吹き抜けていた。それでも日差しは暖かく、体感温度は少し高く感じるだろう。
干してある詰め所の布団や洗濯物が日の光を吸い込み、風に揺られている。戦争を感じさせないような穏やかな気候だった。
今、この場所には呼び出した原と屋上へ上がってきた善行しかいない。
「…どうしたんですか? こんな処に呼び出したりして。」
その時の原は、明らかに、ヘンだった。熱があるかのように頬が赤く、しきりに胸元をゆるめている。
一度大きく深呼吸して空を見上げた後、原は善行を見た。
「言葉遊びは苦手なの、先に謝っておくわ。いい? じゃ、私とつきあいなさい。これは命令よ」
言葉とは違い、口調にいつもの勢いはない。精一杯、強がって照れ隠しのために「命令」なんて言葉を使っている。
(かわりませんね…)
ふと、整備学校の制服を着て、目を輝かせていた頃の彼女の姿と重なった。
長かった髪もばっさりと短くし、大人っぽくなっている。それでも、善行には昔のままの彼女に見えた。
真っ直ぐと射抜くような瞳が同じだった。仕事でも多くの秘密を共有している相手でもある。
政治に関しても、この士魂号に関しても。それ以上に、逃れられないのかもしれないですね、と内心苦笑いを浮かべる。
「あー、そうですね。ではこれからも宜しくお願いします。」
善行の言葉に原の表情がやわらかくなる。少し、幼く見えるような照れた表情を浮かべて笑っていた。
隠そうと思っていても、嬉しさのあまり思わず口元が緩んでしまった。
「…」
「…」
「…」
「…」
結局それ以外には、何も言えなかった。
善行とと原は恋人関係になりました。
こーんな幸せ一杯の二人。当然、幸福状態になっている。
が、これが恐怖への第一歩だとは誰も考えもしなかった。
クロックタワー IN GPM
授業終了後、HRも終わり、クラスメイト達が仕事に向かっていく。このごろ援軍要請も多く、毎日出撃していた。
機体の整備も中途半端なままであることが多かった。下がりすぎた性能をいち早く取り戻すためにパイロットを始め隊員たちが
仕事場へ向かっていく。周囲の戦区も落ち着いたことから、本日の出撃はないだろう。
善行もまだ未処理の書類や報告書を整理しなければいけないと席を立った。そんなとき、ののみが必死に駆け寄ってくる。
「どうしました? 東原さん」
「うん…じゃなくて、はい。いいんちょ、これあげるの」
ののみが差し出したのはかわいらしいお弁当だった。
「はい、嬉しいですよ。でもどうして私に?」
「あのね、いいんちょがいつもおそくまでがんばっているから、ののみ、なにかおてつだいしたかったの」
お弁当を渡して、少し照れたように両手を頬に当てている。連日の戦闘の報告書がたまっていたので、ずっと徹夜続きだった。
それを、彼女は心配してくれたのだろう。小隊のアイドル的存在でもあり、みんなの人気も高い。最年少ということで善行も
気にかけていた。明るい彼女の笑顔は心の清涼剤ともなる。
ののみの愛らしい笑顔につられて善行も笑顔を浮かべてののみの頭を撫でた。
「東原さんもいつも頑張ってくれていますね。この調子で、今後もお願いしますよ」
「うん! …あ、じゃなくて、はい。ののみね、いいんちょのおてつだいするね」
「そうですか、じゃあお願いしましょうか?」
と、話しているときに背筋を凍らせるような殺気混じりの視線に身震いを起こす。
相手が誰だかわかっているので、視線が飛んできている方向を見るのが怖い。それでも反射的に顔を向けてしまう自分も悲しい。
表現をするならバックに赤い炎、目にも浮かんでいそうな勢いである。腕を組み、仁王立ちの原が教室入り口に立っていた。
効果音はずごごごご……っと。
あまりの大迫力に、危機感をもった滝川が側にあった机の下に隠れた。呟くように何か唱えている。
念仏? なんて不吉な。ただ、地震じゃないんだからあまりこの隠れ方は意味はない。
原は大股で大きな音をたて、歩いて近付くとののみを冷たい視線で見下ろした。
「…どいてくれないかしら? そこ、私の指定席なの。」
善行は一気に頭から汗が流れ落ちていくのを感じた。汗が流れていくのと一緒に引いていく血の気。
こ、これは……噂の……!?
争奪戦。
原の勢いに押されながらも、ののみは善行の袖をつかみ、その場を動こうとはしなかった。
目に涙をためながらイヤイヤと首を振る。数秒、どちらも引くことなくにらみ合っている。
やがて一斉に善行の方を向いた。氷結する空気。
『どっち!? 』
「え、いや、その……」
『どっち!? 』
この状況、何よりも早く抜け出すことが先決だ。そう判断した。生き延びてこそ、勝利!
「あっちー!」
まったく関係ない方向を指差し、二人の意識がそっちに反れたことを確認して、猛ダッシュでその場を駆け抜けた。
実は指差した先にいたのは速水だったりする。「あっち」とご指名された速水は真っ白、隣にいた舞はくちをぱくぱくしながら
速水と争奪戦の様子を見比べている。そんなことは今は関係ない(後々、問題だが)。
司令はどんな戦いも最後まで生き残っていなければならない。
確かにこれもある意味、幻獣よりも恐ろしい戦いだ。
現にスキュラにレーザーで貫かれるかと思うぐらい鋭い視線が今、注がれている。
「あー! 逃げた!」
「追え!」
この大騒ぎ、小隊中に知れ渡ることになる。(発言力 マイナス800)
軍時代の訓練が役に立ったと、逃げ延びてグラウンド外れの石垣に腰をおろす。ただ、息切れが大きい。
体がなまっているのは否めない。
日常も戦闘もいつ何が起こるかわからない。今度、若宮に鍛えなおしてもらおうと考えながら重い腰を上げた。
仕事時間はとっくに始まっている。とりあえず、逃げることが出来ない悲しき中間管理職の性か、仕事場に向かうことにした。
一歩校舎外れに足を踏み入れると、気まずい雰囲気蔓延中。
瀬戸口になだめられているもの、ののみはご機嫌斜めで仕事に向かおうともしない。
これはまずい…自分に原因があることは間違いない。
小さい女の子をあそこまで怒らせておくのも問題だし、人としても、謝っておかなければいけない。
顔を上げた瀬戸口と目が合った。
(あ、委員長)
(す、すいませんねえ……)
(ののみをお願いしますよー! ここから動かないんですから)
(わかっていますよ)
視線で合図、頭を下げる、指差し、お互い大きく何度も頷く……以上、目とジェスチャーだけでやりとり完了。
瀬戸口が何かやっているのに気が付いてののみもその方向を見る。善行を見つけて更に鋭くなる瞳。
やはり目は怖い。むくれたまま善行の前にやってきた。ののみは息を思いっきり吸って、頬を膨らませる。
「ふーんだ。ののみは怒っているのよ。どうせ、もとこちゃんにはかなわないもん。こどもだもん」
「自覚が足りませんでした。すみません。でも、東原さんは十分ですよ。
みんなの心の支えなんですから、いつも笑顔でいてください」
善行の言葉に顔を上げる。
「ほんと? いいんちょもそうなの?」
「ええ、東原さんが笑顔の方がうれしいですよ」
「ふえええええっ」
ののみは照れた表情を浮かべた後、善行に言われたように笑顔を浮かべた。
「じゃあ、ののみ、がんばるからね! たかちゃんも、ののみわらっていたほうがいい?」
「ああ、もちろんさ。タカパパはののみの笑顔が好きだぞ」
「うん! いいんちょ、ごめんなさい。もとこちゃんもおこらせちゃった」
「いえ、私から謝らなくちゃいけないですからね。ののみさんは『頑張って』お仕事してください」
ののみは大きく頷いて、善行にしゃがみこむように手で招いた。
誘われるまま屈みこむとののみは善行の頬に軽くキスをする。
瞬間、凍りつく周囲の空気。一番ショックを受けたのは瀬戸口だ。口をぱっかりと大きく開けたままその場で固定。
いきなりのことで善行も固まる。この中で笑顔を浮かべているのは、ののみだけ。
「えへへ、いいんちょもがんばれなのよ。たかちゃんいこう!」
本人、応援のつもり、が、周囲にはそう見えず。
ののみはショックを受けたままの瀬戸口の手を引き、ご機嫌のまま仕事場へ向かっていった。
周囲はようやく動き出してひそひそと状況確認を行いはじめる。
「うっわー…委員長って、ロリコン?」
「でも、ののみちゃんかわいいし」
「やっぱり、若い子の方がいいんじゃない? 彼女の原さんより先に謝っちゃったしね……」
「えーでも本命は速水君って聞いたよ。よく話しているし、仲もいいじゃない? 争奪戦で逃げる時、速水君を指差していたし」
浮気、ロリコンそして、ホモ? などと、とんでもなく悪い噂が流れていた。
そしてタイミングが悪いことに原までその場に登場。
「……そう、そういうことなの? ねえ」
寒波第二波が吹き荒れる。今度は噂をしていた面々も同時に凍りついた。気まずい雰囲気+@のブリザード。
自然休戦期も近いというのに北極並の厳しい寒さを体験できる。
「若い方がいい」だの原の地雷となる言葉が、ばっちり本人に聞こえていた。
「も、素子さん、その…ご、誤解が……」
反論しようとして声をかけるが、鋭い眼光に射貫かれ、今度は石化。バジリスク並の視線を持つ女、原。
「……裏切りは……許さないんだから!」
そんな意味深な言葉を残し、周囲にいたメンバーをも石にして原が走り去っていった。
いなくなった後、あまりの恐ろしさに全員、泣く状態になった。
19:00過ぎ、小隊隊長室。
善行は大きくため息をつきながら司令の机に座った。誤解が誤解を生んで、変な仮説が流れ出している。
善行は、正妻に原、でも実はロリコンでもあってののみが愛人、対抗馬。
が、それはカモフラージュで本命は速水。
その話を聞いて思わず机に倒れ込んで、積んであった書類全部をばら撒く。空に舞う白い報告書。
「な、なんですかー!! その噂は!」
「へ? ちがうん? 小隊全員しっとるで。いやいや、とんだ災難やなあ」
『噂』発信マシーン1号、加藤が笑いながらそう言った。善行は彼女の明るい口調にふっと力が抜けて、椅子に座り込む。
「もてる男はつらいんやなあ。ただな、原主任やけど、鬼のような形相で整備用のカッターナイフ磨いでいたらしいで。
目撃者だった中村君と滝川君が命がけで逃げ出したとか言ってたなあ。それはそれは、地獄絵図だったみたいだったと」
中村・滝川コンビは薄暗いハンガー1階の機材が積んである死角の部分から奇妙な音が聞こえたので興味津々覗いたという。
そこではなにやらぶつぶついいながら原が熱心にカッターナイフを研いでいた。
研ぎ石から持ち上げられた刃は、見事なまでに光沢を放っていたらしい。
誰が見ても「あ、これはいい切れ味♪まな板まで切れちゃいます♪」という包丁のCMを思い出してしまうぐらい、すばらしいものだったとか。
あまりに怖かったので一目散に逃げ出したということだった。いや、誰だって逃げたくなる。
元々、人工筋肉をスパーっと切り裂くことのできるすぐれもの。原が愛用しているカッターナイフといえばそれ以外ない。
一気に血の気が引いた。見た目もよくわかるぐらい、順々に頭の方から青ざめていく。
「しかも、2本用意していたって話ですよ、刺されるんとちゃいます? 人気のない場所とか要注意やな。
あ、原主任だったら場所はどこでも関係なさそうやけど」
「加藤さん、じょ、冗談は言わないでくださいっ」
「あはは、頑張って生き抜いてくださいな、委員長。ほな、ウチはそろそろ失礼します〜」
引き止める間もなく、加藤はさっさと部屋を出て行ってしまった。
心の中で叫ぶ。
一人にしないでくれ〜!! (懇願)
研いでいたカッターナイフ、今の状況……。
加藤が言うようにこの条件を考えればさっくり♪殺られると考えた方が妥当か。
付き合う前とかにもよく言っていた。
『嫉妬深いんだから…裏切らないでよ、私を』
思い出して更に冷や汗が流れてくる。いやいや、裏切ったつもりはないし、誤解をまずは解かなければいけない!
じりりりりりーん……。
びっくーーーーーーん!!!!
いきなり陳情用の通信機がベルを鳴らす。驚いて一瞬、体がすくんだ。
今までこちらに宛てて鳴ることはほとんどなかったのに。
急にモニターの電源がついて、真っ黒な画面に白い文字が一気に浮かび上がる!
『今からそこに行くわ……二度と裏切らせないから。 原』
文字が薄くなって消えていく。そのままフェードアウト……反射的に背中を庇うように壁まで後退
。
ぴったりと寄りかかるように壁に張り付いた。
完全に文字が消えたと同時に、狙ったかのように足音がカツーンカツーン……と響いて近付いてくる。
そして部屋の前で止まった。
に、ににににに逃げなくては!!!!!!
ノックの音でまた心臓が跳ね上がった。これは心臓発作で倒れる方が先であるような気もしてきた。
「いるんでしょう? 入るわよ」
間違えなく原の声。妙に穏やかで落ち着いた口調が恐怖を煽り立てた。
気持ちだけが焦って、なかなかいい考えは浮かんでこなかった。この場から脱出するにはどうする!
はっと、横にある窓を見た。がっちりと窓枠固定されているが、命がかかっているから仕方がない!
ドアノブがゆっくりと回るのを見て、床を蹴った。割れる窓ガラス。
原も入った瞬間にその音が聞こえてターゲットが逃げ出したことに気付く。
「絶対に逃がさないんだから〜!! 」
原の叫び声を背後に、ここから命がけの逃亡が始まった。いや、まさに命かかってます。
19:30 グラウンド外れ。
「ふう…少しここなら休めますか」
減らした体力を回復しようとへろへろしながら草陰に隠れる。
響く足音とカシャーンカシャーンという恐怖を煽る音が別の方向へ遠ざかっていくのがわかった。
あの金属音は一体……。加藤が言っていたことをふと思い出す。
『しかも、2本用意していたって話ですよ、刺されるんとちゃいます?』
二刀流!? トドメを刺し損ねた後にもう1本で確実に♪という感じだろうか。
じゃあ、あれはカッター同士を擦り合わせている音!!? 考えただけで気力低下(マイナス100)。
「た〜いへ〜〜んですね、委員長」
「のああああああああっ!! 」
座り込んだすぐ側に岩田。しかもなぜ、顔が逆さ?。
怖いもの見たさで恐る恐る顔を上に向ける。足を揃え、バンジージャンプをしたかのように釣り下がっていた。
が、肝心の足をつなぐような糸や紐は見えない。
どうやって…下がっているんだ……。岩田だけに考えても無駄だった。
「驚かさないでくださいよ〜委員長〜フフフフッ、僕の才能に嫉妬しましたね!! 」
「お、驚いたのはこちらです……何をやっているんですか!? 」
岩田は釣り下がったまま口が裂けるぐらいにやーりと笑顔を浮かべている。聞かなければよかったと後悔する。
「僕はハング、ハーングマン、いつもよりも多く釣り下がりますよ〜!!
嫉妬はシーット! フフフフッ、あなたも僕も命がけ……イィ、ものすごーくイィ!! 」
あまりに驚いたのでとりあえずボコってみました。ボクシング用のサウンドバックと同じように容赦なく拳を叩き込む。
「ノオオォォォオオオォォォオオッ!! 」
ボコった勢いで足を中心に振り子のように左右に揺れる。近付くたびに声が大きくなり、遠ざかれば小さくなる。
ドップラー効果もばっちり。
「ピーガガガガガガッ。危険接近中。この場から早く退避しないと……ガガガガ……はっ!また一体私は何を!? 」
揺れていた岩田が急に垂直状態で停止する。数秒そのまま固まって動かなくなった。なんとなく嫌な予感。
「ノオォォォォッ!! 」
落ちてくるのかと思いきや、今度は天高く打ち上げられた。まるでロケットが発射したかのようにどんどん加速されていく。
周囲に残るのは爆風。腕で頭を庇いながら、見送っていると岩田は空の星の間に溶けていった。星になるイワッチ。
逆に空で喜んでいるような気もする。
なぜどうして……と突っ込んでも、岩田の存在は世界の謎である。本当か?
「み・つ・け・た♪ふふv」
無邪気な声が近くに迫る。にっこりと満面の笑みの原が距離にして30mぐらい先にいた。
しまった! 岩田に気を取られているうちに見つかったか。いや、岩田のおかげでみつかったんだろう。
すぐに一目散に逃げ出す。ここでも体力消耗……(マイナス100)
20:00、ハンガー二階。
奥様戦隊の日課になってしまっているあのパイロットバカップル覗き。無意識のうちに足を運んでいた。
見えない位置に座り込み、少し休憩&娯楽。原の気配はまだない。壁まで追い詰められている速水に追い込む舞。
今日は舞の方が積極的か!? なんて珍しいと思っていたらどうやら様子がおかしい。
流れているのはあの気まずい時の音楽。舞が嫉妬状態のようだ。
(速水君も争奪戦を起こしたんですかねえ……)
覗き見ポイントはいくつかある(みなさん、奥様戦隊にはご注意)。
位置を変えて様子を覗うと舞が速水のほっぺたをうにうにににに〜ぃっと伸ばせるまで伸ばしていた。
「い、いひゃい、いひゃい、いひゃいっへば、まひ〜!! (い、痛い、痛いってば、舞〜!! )」
「うるさい!何を言っているのかまったくわからん!お、お前が…浮気だと!? しかも相手が善行だと!!
女ならまだしも……っっ」
速水を覗き見していた善行は、ずっこけた。
「ごはひ、ごはひだほ、まひ〜! (誤解、誤解だよ、舞〜!)」
「ええい! いつもよりも原因不明の炎が熱いわ! そうか、だから、そなたの靴下を善行が持っていたり…」
『ぎくっ!』
「善行の眼鏡をおまえがもっていたりするんだな!? 」
『ぎくくくくっ』
それは事実だった。速水の反応を見て、一気に引っ張る力を込める。更に伸びる頬。
引っ張られすぎているのか通常の人の倍以上、伸びる伸びる。顔の形が歪んでいた。さすが、人外のもの(違)。
伸びるところまで伸ばし、勢いをつけて放す。最高記録、15cm。
手を離されると強力ゴムのように跳ね返って元通りになった。ただ、くっきり舞の指の跡が残っている。
「確かに委員長とは親友だけど、舞と比べ物にはならないよ! 仕方がないじゃない! 感情値が高い相手には
なんでもプレゼントしようとするようなシステムなんだから!」
それを言ったらすべてが終わりです。世界の謎だから。
「じゃあ、なぜ私によこさないのだ!」
「……もしかして靴下欲しかったの?」
「た、たわけ!! 」
「だって、舞の家に僕、何回か置いてきちゃったし……舞だって、いろいろ僕の家に置いたまま、帰っちゃうじゃないか!
慌ててテレポートで帰って、靴ごととかね。あ、この前は下着も置いてったっけ」
「なななな……そ、それはお前が無理やり、脱がすからだろう! そそその後だって…強引ではないか!」
「舞は嫌なの!? 僕とは嫌だって言うんだ!? 」
「たたたわけ〜〜〜!! だ、誰がお前以外に……っ、私は、お前とは違う!」
「ひどいよ、そういう目でみているんだ!僕は舞だけなのに!」
相当な問題発言を言い合うバカップル。またいいネタを暴露してくれていると善行は不敵な笑みを浮かべた。
湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にした舞が一度、咳払いをして、呼吸を整える。
「ごまかしたって無駄だ!今の問題はお前の浮気だろう! 私は……やはり遊びだったんだな!」
「だから、どうしてそうなるんだよ! 僕は舞が一番だよ! 提案は欲しいから一定まで仲良くならなくちゃいけないでしょう!?
舞に何かあげたいから『プレゼント』の提案とか、デート行きたいから瀬戸口君から提案もらったりとか。
提案がないと何もできないじゃないか! そりゃね、勝手に相手の感情値が上がっちゃったり、背後からぬるっと抱きついてくることとか、
いきなりピンクの視線が男からも飛んできたりすることとかもあるけどっ」
「ばかもの!そんなこの世界のシステムめいたことを言ってこの場をごまかすでない!
ぬるっと……瀬戸口もやはり問題か!
許せん!(舞の恋敵リストに瀬戸口が追加されました)
それをいうなら、お前は魅力値を上げすぎなんだ! 視線を集めて……目が合って反応しただけでも相手から好かれるだろう!」
一気に言い切って二人とも方で息をしながら、にらみ合っている。
深呼吸して速水が自分を落ち着かせた後、まだ大きく息をしている舞に、一歩近付いた。
「……わかった。そこまでいうなら、わかったよ」
いつもよりも低い声。怒っている口調に舞が息を呑む。少し、身を引くが腕を掴まれて逃げることが出来なかった。
そして耳元でささやく。
「じゃあ、僕が誰よりも舞が大切だって証明するよ。どれぐらい舞が欲しいのか、行動で示すから」
「え、あ……ま、まさか〜〜!!? 」
掴んだ腕に力をこめ、多目的結晶を操作すると舞の結晶とすぐにリンクし二人の姿が消える。テレポート。
その後の彼らの展開については誰でも予測がついた。
「本当に……仲がいいですねえ……」
舞が無事、明日登校できることを祈るしかない。
速水たちがいなくなり、ハンガー二階にも人の気配がなくなる。機械のモーターの回る音だけが響いていた。
そんな中、あの恐怖の足音が……!
善行は慌てて、その場を逃げ出す。命がかかっているのに奥様戦隊任務をこなすあたり、さすがだった。
20:45、グラウンド。
刃と刃がぶつかる金属音と恐怖の足音に追われながら、真っ暗な学校内を走っていく。
するとグラウンドに青白い炎が集まっていた。
仄かな光に囲まれて、来須と若宮がまだランニングを続けていた。善行が走っていると彼らが近付いてくる。
立ち止まり、背筋を整えると揃って敬礼をした。
「司令! こんな時間までお疲れ様です!」
「……」
「二人ともお疲れ様です。しかし、一体この明りは……」
善行は周りに浮かぶ発光体を指差した。
「はい! 照明装置がないのでライトの変わりに来須が毎日発生させているであります! これなら夜中でも鍛えられます!」
「……」
そんな理由で精霊を呼び出す彼らは罰当たり。
「……むっ」
青い光たちがざわざわと変な動きをし始める。来須が深く帽子をかぶりなおし、あたりを見回した。
「……すさまじい殺気だ」
暗闇の中から近付いてくるあの音が聞こえてくる。慌てる善行。
「若宮君、しんがりを頼みます!」
「あ、司令! はい、も、申し訳ございません! 自分が死ぬのは幻獣との戦場だと決めております!
それに素子さんの邪魔など……自分には出来ません!」
正当な理由なのかそうじゃないのか……若宮は足を止めそう答えた後、胸に手を当てて立っていた。
け、敬礼!?
「来須君……」
「断る」
即答。若宮に並んで腕を胸の前に当てる。
「……ゴッドスピード」
「司令! ご武運を!」
「君達、不吉なことを言わないでください〜!! 」
だんだん音が近付いてくるごとに刃物がきらりと暗闇の中で不気味に光る。
来須の明りのせいで相手にはこちらがよく見えていた。自分自身で敵に位置を知らせている!?
「……ゴッドスピード……」
「うう、自分は司令と出会えたことに感謝しています!」
「まだ死んでいません〜〜!! 」
滝のように涙を流しながら立つ若宮と並んで敬礼をする来須に見送られて、再び逃走に入った。
みんなだれだって刃物の餌食はいやだ。
21:15 裏庭
不気味に音だけが耳に響いて来る。遠いのか近いのかだんだんわからなくなってきた。
逃げている途中、いつものように金ダライに潰されている田辺と、それを助けようとして同じようにタライの被害に
あっている遠坂。金属音が響くたびに心臓が跳ね上がってしまう。
一番、驚いたのが、夜も自分の美脚を見せるために、発光塗料を足に塗って歩く茜に遭遇したこと。
茜の足が暗闇でも白く浮かび上がり、動いていてこれまたホラーだった。そこまで徹底して足を自慢するのならば尊敬に当たる。
ちなみに後日、暗闇に浮かび上がる不気味な動く発光体として尚敬高校の七不思議に加わったとか。
今日は変なものばかりに出会う。厄日だ。
焦ってばかりで何もいい考えは浮かばない。ともかく逃げるが一番であることは変わりない。
そんなとき大きな足音が背後から迫ってきた。
「委員長〜! お互い、もてる男は辛いですね〜!」
善行に追いついて瀬戸口が並んで走る。後をちらりと盗み見ると刀を振り上げたまま走る壬生屋の姿が見えた。
瀬戸口と壬生屋の追いかけっこは日課だった。日々、走り込んでいるため、壬生屋の体力値向上にも役立っている。
「あなたも懲りませんねぇ」
「これぞ命がけで愛されているってことですね。いやはや、情熱的なのは嬉しいですけど、ちょっと困りますよ」
逃げなれてきたのか余裕を見せながら、さわやかに笑う瀬戸口。笑って見える白い歯がまぶしい。
息切れ寸前の善行に比べて、まだまだ体力的に余力が残っているようだった。
「……ん! 敵、距離50。接触まで10秒。速度加速が有効だと思われます!」
「おーまーちーなーさーいー!」
迷刀鬼しばきを振り上げて走ってくる壬生屋が距離を詰めてきた。
毎度のことながらまた瀬戸口がちょっかいを出して壬生屋が切れたのだろう。仲がいいのか悪いのか。
ただし、現在、瀬戸口全勝中(つまり逃亡成功)。
その顔も…怖い。しかし、どこにいるのかいまだつかめない原の方が、更に怖い。
「今日こそ……この刀のさびにして差し上げます!成敗!!」
「背後には要注意ですよ。そんなわけで、幸運祈ります!では!! 」
さすがオペレーター。お耳の恋人はどんな時でもがんばる。並んで走っていた瀬戸口はスピードを上げて更に前を走っていく。
その後を重い足音を立てて壬生屋が追った。
これも日常風景で、彼らの追いかけっこも突っ込みを入れる人はいなくなった。
「瀬戸口君の逃走技能……あったらうつして欲しいものですねえ……」
善行は切に、本当に切にそう思った。
22:00 尚敬高校校舎前
あれから数十分、逃げ続けて校舎前の噴水の縁に腰を下ろした。大きく深呼吸を繰り返し、一度休憩を取る。
「はあ……どこまで逃げればいいんでしょうか……」
家に帰るといっても待ち伏せされるだろうし、考えてみればどこにも終着点はない。
早く謝りたいところだが、それも許されないだろう。謝る前に確実に殺られる。
「………逃げ場は…ないのよ……」
「うわあああああああああああああああああ!!」
いきなり背後から小さな声が聞こえる。善行、3秒間ほど心臓停止。
ばくばくと大きく高鳴る心臓が痛い。
振り返るとそこにはブータを抱いた石津が立っていた。暗闇から浮かび上がるかのように切れ掛かった電灯の下にいる。
彼女の姿が浮かび上がっては消え、消えては浮かび上がる。
「い、石津さんっ、驚かさないでください」
「……あの人の…念が…そう言っている…わ」
「念?」
「……危険…よ……ほら…」
カツン…カツン…カツン……。
遠くからだんだん足音が大きくなってきた。焦りもだんだん大きくなる。
「どどどどうすればいいんでしょう!? 」
「……私…も…敵わないの……強すぎる…念。早く…逃げた方が…いい…わ……でも…接触は…ちかい……」
石津に抱かれたブータはひげを上下に動かし、周囲のにおいをかぎながら、目を細め、「んげー…」と鳴いた。
石津はそれだけ言い残すと、再び闇に溶け込むように姿を消していった。善行は取り残され、更に近付いてくる気配と音。
「お、置いていかないでくださいよー!! 」
とりあえず、訳のわからないことを叫びながら走りました。
数分後……尚敬高校廊下。
小隊教員室を覗いたが、すでに先生達はいなくなっていた。もう縋るあてもなし。
一直線で気を配るならば後ろだけ。教員室につけられた時計の針の音がやけに響き渡っている。静まり返る校内。
自分の心臓の音と時計の針の音だけが耳の中に大きくなっていった。息を顰め、気配を断たなければ。
教員室の物陰に隠れる。この部屋に入ったことは目撃されていないはず。
廊下を足音と刃物を擦り合わせる音が通り過ぎていった。完全に気配と音が消えて、ほっと息をつく。
留まっていても安心とはいえない。今、原はプレハブの方へ向かっていったはずだから、逆方向に逃げればまだ大丈夫だろう。
教室から顔を出し、廊下を覗う。右よし、左よし……安全確認終了。
足音を立てないように廊下に出る。
さて、このまま今町公園や商店街の方へ抜け出しますか。
廊下に出て歩き出そうとした瞬間……。
「もう…本当にいけない人ね」
すぐ背後に人の気配。今まで誰もいなかったはずなのに!!?
いたずらっ子を優しく諭すような口調。
怖くて、振り返れない。原は、後ろから抱き付いてきた。
「もう、追いかけっこは終わりよ。私から逃げられると思った?ふふ。…だから、言ったでしょう。
嫉妬深いから、裏切らないでねって…」
「………!!!」
何か言いかけた瞬間、痛みは感じなかった。ほとんど衝撃もなく、何か冷たいものが体の中にある。
その後、全身が熱くなった。
刃物が抜かれる瞬間、ゴムホースで勢いよく水をまくような音が響く。同時に目の前が真っ赤だ。
赤い色彩の中、原の笑顔が浮かび上がる。薄れ行く意識の中、今まで見たこともないぐらい穏やかで綺麗な笑顔が、
そこにあった。手に握られている刃物をぬらすおびただしい血。
そして最後に思う。
「早めに関東に帰っていればよかったー!!!!!! 」
原は、善行の血を自分の腹に塗りながら笑った。
「結局、あなたは私の中にしか帰る場所はなかったのよ。馬鹿なひと…ほんとうに…。
そして…おかえりなさい。」
原は、くずれおちる善行の身体をずっと抱いていた。
GAME OVER
後日。
「委員長、今回早かったね。まあ、条件がいろいろ重なったし」
「まったく、何回のループ繰り返せば学習するのかなあ」
「無駄だ。記憶はない。しかも原の技も上達している。今回は二刀流だからな」
1組教室にて善行の席だった場所に花を添える。速水と瀬戸口、舞がその周囲で話していた。
「何回」といっているから善行は1度目ではないようだ。
「なあ、速水。このままだといつまでたってもSランクにならないぞ」
「でもさ、しょうがないじゃないか。できれば僕が絢爛舞踏章とるまで逃げ切ってくれるといいのに」
「たわけ。本来なら、関東に帰らせてしまえばよかろう。お前とあと1度、会話すれば済んだものの」
「だって、舞が僕を離してくれなかったんじゃないか。でも帰らせるわけには行かないしなあ」
「あー姫さん、嫉妬状態で走ってたもんなあ。速水のことになると相変わらず熱くなるねえ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
顔も肌も真っ赤にしながら舞は押し黙る。速水は満面の笑みで舞の頭を撫でた。少し恨めしそうに見上げている。
そのまま速水の制服の裾をぎゅっと握った。
「んじゃ、もう一回行きますか」
「そうか、みんな準備できているっていうしな。やれやれ、また壬生屋のお嬢さんに追われる日々か」
「なんだか、嬉しそうだね、瀬戸口君。僕はまた舞とラブラブできればいいや。初めから何度でもね、舞」
「………ばかっ」
瀬戸口は二人の様子を見て笑いながら、一足先に表に出る。速水は舞の手を取って一緒に外へ飛び出した。
善行と原を抜いた5121小隊隊員全員がプレハブ校舎前に揃っている。速水たちはみんなと合流した。
「お待たせ!んじゃ、みんな行こうか!」
「りょうかい〜〜〜!」
こうして、この物語は一度、終了する。そして……1999年3月4日。
教室に揃った面々を見回しながら加藤が紙で作ったメガホンを手に、ニィっと笑顔を浮かべた。
「みな、お久しぶりやなあ! さあ、はったはった! 委員長は何日間、刺されずに逃げ切れるか!! 」
黒板に張られた大きなカレンダー。それぞれの月日に名前が書かれている。
上のほうに赤いマジックで「一口1000円」。
基本ルール。
・善行と原には絶対に秘密
・賭けがばれた時点で終了
・基本的に配置換えは禁止
・善行と原を仲人
・争奪戦は原から仕掛けられるようにすること
・その他の人間関係は自由
「前回の勝者はだれだ? また速水!? おい、必勝法教えろよ!」
「あは、その件については否定させてもらうよ」
「んで、今回、誰が争奪戦の相手役だ? 前回は東原だろ? その前がヨーコさん、その前は新井木だっけ」
「じゃあ、わたくしがいきましょうか? まだその役はやっていませんし」
「み、壬生屋!? お前さんにできるのか?」
「みおちゃん、がんばれなのよ。ほどほどになかよくなるのがぽいんとなの」
「……ゴッドスピード……」
「わあ、来須先輩、本人目の前にまだ言っちゃダメですよ!」
「毎回、同じではつまらぬだろう。他に項目を増やしてはどうだ?」
「ふん、僕も芝村に賛成だな」
「あ、じゃ、じゃあ、現場と時間も加えたらどうでしょうか……ご、ごめんなさいっ、きゃあ!」
田辺の頭の上に特大の金ダライ。いい音が響き渡る。全員が地面に倒れた田辺を見つめる。誰か助けようよ。
「さんせー!」
「じゃあ、その二つの項目に僕が延べ棒提供しましょう」
「俺の腹〜〜!」
「イィ!! ものすごーぉくイィ!!!! ふふふふ、そろそろやってきますよぉ〜」
「……ターゲット…ね。呪う…わ」
慌てて紙が剥がされみんなそれぞれの教室に散っていく。後は何も記憶のない善行と原がやってくるのみ。
芳野先生に連れられて善行が教室に顔を出した。全員が軽く拳を握り締める。
(頑張ってください! いいんちょ!! )
再び、始まる……。
数週間後、善行の机の中に入っていた一通の手紙。昼休みふと机の中に、綺麗に折りたたまれた一枚の紙が入っていた。
なんとなく気になってそれを開いてみる。
「屋上にて待つ 原 素子」
それが、世界の選択である。
Fin(!?)