「消えない傷、見えない言葉」
 
懐かしく、そして嫌な夢を見た。
 
叩かれたり、蹴られたり、しまいには侮辱的な言葉をぶつけられる夢を。
 
夢の中での私は酷く鈍臭くて、どうしようもない奴だった。
おまけに無力で自分から何かしたいと思うことは無かった。
 
そのうち抵抗をすることを止めた。
 
所詮無駄だと気がついたから。
 
心を閉じれば言葉を見ずに済む、聞かなくて済む。
 
肉体の痛みはいずれ消えてなくなる。
 
でも精神の傷が癒えることは難しい、ならばいっそのこと・・と考えたのだろう。
 
 
夢から覚めた今も、あまり変わることのない現実。
私はあの頃から何か変えようとしただろうか?、いやしていない・・。
むしろ私は自分の意思を伝えることができなくなっていた。
 
            声が、出せないのだ。
 
 
いや正確にはちゃんと発音できないのか。
でも意思表示をすることで、また差別を受けるのならいっそ出なくてもいい、そう思っていた。
 
あの日までは。
 
 
 
あの人に会ったのは3月の中ごろのこと。
とても背が高くて、強いのだけれど、あまり自分から話をする人では無かった。
むしろ、必要なこと以外口に出すことを嫌うかのように、寡黙だった。
その人の名は来須 銀河
 
 
何故だろう、あの人の側にいると不思議と心が落ち着く。そんな気がするのは・・。
あの人は言葉に出して何か言うことは少ない、けれどいつも気がつけば側にいてくれる。ふとしたそんな疑問から私は勇気を出してあの人に聞いてみた。
 
 
「・・あ・の・・」
「・・どうした」
「何故・・いつも一緒・・に・・いてくれるの・・?」
「・・お前は嫌か?」
 
私は彼からそんな答えを聞くとは思わなかった。もちろん嫌じゃない。むしろもっと長く一緒にいたい、そう思うようになっていた。
 
 
「・・そんな・・ことはない・・わ」
「・・なら気にするな」
「うん・・」
 
 
結局その時はちゃんとした答えを聞くことは無かった。
でも聞けなくてよかったと思う自分もいて不思議な気分・・。
 
変わることなどないと思っていた現実。
 
でもあの人のおかげで、変われるかもしれない現実。
 
 
できるならいつまでもそうありたい、そうあって欲しい。
たとえ無理だとしても・・。