「愛してるって言ってくれ」

  時は1999年、4月某日。
 至って幻獣の脅威は一応の終結を迎え、久しぶりの平和な日々が続いていた。
だが、ここ熊本は尚敬高校の間借り部隊、5121小隊の面々の間では緊張状態が続いていた。
そう、『争奪戦』である。しかも、一人の男子を二人の男子と女子が奪い合うという非常に稀な
状況で、”それ”は起きていた。

 今宵の物語の主役、速水厚志は何食わぬ顔で今日も学校へ来ていた。
手には、早起きして作ったと思われる手作りのサンドイッチが入ったバスケットを持っていた。
(今日はツナ入りサンドにしてみたよ。舞喜んでくれるかな〜♪)
ふとそんな事を考えながら歩いていると、校門前で舞と擦れ違う。
「おはよう!、今日も早いね舞」
「芝村に挨拶は無い、そう教えたはずだぞ厚志」
「あはは、そうだったね。でもなんか最近『挨拶は無い』っていうのが挨拶になってると
僕は思うけど?」
「む…とにかく無いと言ったらないのだ! いい加減覚えよ!」
「わかったわかった。ねぇ今日は舞の分もお昼作ってきたんだ、一緒に食べようね」
「う、うむ。そなたの作る物はその…うまいからな」
「あはは、ありがと。じゃあまたいつもの所でね」
「う、うむ」

 そんな朝のお決まりの会話を交わしながら、校舎前までやってくると待ちかねていたように一人の青年が
近づいてきて、突然速水に抱きついた。
「よお!バンビちゃん、今日も抱きごこちいいねぇ♪」
「せ、瀬戸口君! ちょ、ちょっとは、離してよ!」
「うーん、つれないなぁ。俺とお前さんの仲だろうに〜」
「うわあ、どこ触ってるのさぁ!」
…そんなやりとりも毎朝お決まりで。毎度毎度自称「美青年」の瀬戸口隆之に翻弄される速水厚志(15歳)。
当然毎朝そんな様子をカダヤの舞が放っておくわけもなく。

「瀬戸口…厚志が嫌がっているだろう! 即刻その不埒な真似を止めよ!」
「嫌がってる? あははそんなことないよなぁ、バンビちゃん?」
「え、えっとぉ…」
やがてどことなく険悪な雰囲気を垂れ流し始める、瀬戸口と舞。間に挟まれる速水はただおろおろするばかりで。
「や、やめてよお! と、とりあえずここにいたら学校に遅れるよ、ね?」
とりあえずこのぴりぴりした雰囲気を打ち消そうと、一時休戦を申し入れる速水。
「学校か、そうか学校もいいな。さっそく愛を振りまきにいこうかねぇ」
舞の刺々しい視線をするりと交わしつつ、瀬戸口は飄々と教室へ走っていった。


「ふぅ…」
魔の手から開放された速水は、安堵の溜息をついた。毎朝毎朝これをやられているので、いい加減瀬戸口には
やめて欲しいと思っているのだが、今一つそれを切り出せずに日々が過ぎている。
「厚志! いい加減抵抗するということを覚えたらどうだ。毎度これでは私も正直気の休まる暇がないぞ!」
「うーん…でも瀬戸口君もあれで悪い人じゃないから、むげに断れないんだよ…」
「まったくそなたときたら、相当お人良しなのだな。…まあそう言う所が良いのだが」
「うん? 何か言った?」
「い、いや何でもない! と、とにかく芝村たるもの常に背後に気を配れ、いいな!」
「う、うん。今度は気をつけるよ」

 そして午前の授業が開始。今日はなんとタイミングの良いことに本田先生による戦闘訓練の授業である。
そう、たとえ授業であっても、その間だけはガチンコで殴り合いが許される課目である。
この好機を勿論舞が逃すわけもなかった。
「よおっし、はじめろー!」
マシンガン片手に本田先生の号令が鳴り響く。
「俺の相手は姫さんか、お手柔らかに頼むぜ」
「安心しろ、命までは取らん。せいぜい半殺しというところだ」
「おやおや、怖い怖い。そんなに怒っていると可愛い顔が大無しだ」
「か、顔のことなど関係ない!」
シュッっと空気をゆする音がして、舞の渾身のストレートが瀬戸口の顔を目掛けて放たれる。
「おっと、不意打ちとは卑怯だな姫さん。よっと!」
拳の勢いを殺さずに、身体を半身ずらし、舞の腕を軽くつかみ手前に投げ落とす。
勢いよく地面に叩きつけられる舞。ギャラリーのどよめきが起こる。
「ははは。か細い俺みたいなやつに振りまわされてどうするよ、姫さん♪」
「おのれぇ! その顔地面にはいつくばせてやる!」
その後も猪突猛進する舞。ひらりひらりと攻撃をかわし、必要最低限の動きで舞を地面に押し倒す瀬戸口。
その様はまさに猛牛と戦う闘牛士そのものといったら非常にわかりやすいだろうか。
結局授業中、ずっと舞は瀬戸口の顔にかすり傷一つ終らせることができぬまま終った。

 昼休み。
 舞と速水は昼食を取るために、校舎屋上へ来ていた。
「あ、あちち、もっと優しくできぬのか!」
「ご、ごめん! でもこれよく効く薬だからもう少し我慢して」
「う、うむ…」
午前の授業の影響で、舞は全身にかなり打ち身やら擦り傷やらでぼろぼろになっていた。
実戦並の訓練だとはいえ、彼女の打ち込み様は異様ですらあった。…朝の喧嘩の影響か?。

「それにしてもあの男が、あんなに強いとは…。人は見掛けによらぬものだな」
「あはは、そうだね。舞が手駒にされる所なんて僕初めて見たよ」
あくまでぽややんな顔をしながら、そう答える速水。
「そなた、どうやら肋骨の一本も折られたいようだな?」
腕を振りまわそうとして、傷口が痛み、悶える舞。
「あわわ、ダメだよまだ動いちゃ! じっとしてて!」
「う、うむ」
「今腕上がらないんじゃ、僕が食べさせてあげるよ。ほらあ〜んして♪」
速水は手元に置いたバスケットからサンドイッチを取り出し、舞の口を開けさせようとする。
「こ、こら! 一人で食べられる、余計なことをするでない!」
ぼっとマッチ棒の様に真っ赤になる舞。
「だ〜め、ほら時間ないんだから。ね?」
舞はしばらく心の葛藤とぶつかり、目の前のサンドイッチに食いつくか食いつかざるか必死に悩んだ。
今ここで、食いつけば芝村としての面目は丸つぶれ。だが厚志のサンドイッチは食せる。
今ここで食うのを諦めれば、厚志は悲しむ。だが、芝村の面目は保たれる。
彼女の脳はその大いなる選択の為に、フル回転した。
そして数秒後。

「厚志!」
「な、なに?!」
「わ、私は決めたぞ! そ、そのそなたの手でサンドイッチを食すことを!」
「あは、そんなに悩むことかな。まあいいや、はい♪」
「う、うむ」

ぱくりっ

大きく口を開けてサンドイッチを食べるその様は、雛鳥が餌を待ちかねるかの如く。
二人がそんなやりとりを交わす様を、瀬戸口は物影に隠れて伺っていた。
「おやおや、お熱いことで。これであの二人も多少は関係が進むかね〜。頑張れ若人諸君ってか」
観察に飽きて階段を降りようとすると、ののみと出会った。
「あっ、たかちゃん!」
「よぉ、俺の可愛いお姫様。どこへおでかけかい?」
「えへへ、うんとね、今からお昼ご飯にするの。たかちゃんといっしょにたべるのよ〜」
「おやおや、そいつはいいねえ。どこで食べるかい?」
「えっとねー、食堂にいこっ!」
「じゃ、行くか」
「ねえねえたかちゃん、肩車してほしいのよ〜」
「よっしわかった。そぅら!」
「わー、たかいね〜。すごい遠くまで見えるのよー」
そんなやりとりを交わしつつそれぞれの昼休みは瞬く間に過ぎて行った。



 その後、瀬戸口が速水に絡むことは急激に減った。
 とある所からの情報によれば、彼が速水に絡んでいたのはあくまで彼らの関係を進展させる為、
芝村にやきもちを焼かせるためで、男色のためではなかったらしい。
…本人が本当にそのつもりがないままやっていたかどうかは、非常に怪しいところであるが。

嵐が去ってまた一難。噂には尾びれ背びれがつくもので。
「そこに直りなさい! 成敗してくれます!」
「ま、待て! 話し合おうじゃないかお嬢さん」
「問答無用!!」
今度は瀬戸口が、噂に勘違いした壬生屋に追い掛けられる日々が始まった。
老婆心からちょっかいを出したが為に身から出た錆びと言った所か。

頑張れ瀬戸口、敵は手強いぞ!。
命がけの鬼ごっこは当分、終りそうになさそうだ…。



〜終〜