「小さな恋のセレナーデ

1999年、4月某日。
 熊本の地はここ連日、各地で拠点防衛の熾烈な争いが勃発。
阿蘇特別戦区を始めとする、熊本北部での戦争は毎度のことくスキュラ及びミノタウルスのみという
かなり最悪な状況の中行われていた。
 善行忠孝を司令とする、独立戦車第5連隊第1大隊2中隊旗下第1小隊、通称5121小隊も、ご多分に漏れず
連日ひっきりなしに鳴る出撃命令を受けて、各地を転々としていた。
疲弊する戦況、物資不足が続く状況の中、あくの強いこの小隊は、なんだかんだで今日も生き残っていた。

 本日はそんな英雄の活躍を影で支えた一人の少年にスポットを当ててみる。
茜大介、12歳。小隊一のその生足は、時に見る者を引かせる勢いがある。
彼はここ最近の人事移動により、無職から2番機士魂号パイロットになった。
同じく無職の滝川がいつまでたっても士魂徽章を取らないことに苛立ち、ついには自分で奪ってしまったのである。
しばらく滝川は失意状態になり学校を休むこととなるが、あながち戦況に影響は出ることはなかった。
何分今まで不在だった部署に人員が送り込まれたことにより、2番機担当の者にとっては寝れない日々が続くこととなった。



 その日、茜はハンガー2階右側でパイロットの整備を行っていた。
「くそっ、忌々しい。かなり機体性能が低いじゃないか。この僕が徹夜するなんて!」
そう一人ごちながら、少しづつ機体の不備な点を減らして行く。天才児だけにその手捌きは実に手馴れたものだった。
6時間ほど、ほとんど休みをとることなく機体整備を続けているといつのまにか時計の針は9時を指していた。
「やれやれ…、そろそろ上がるか」
スパナをしまおうとして、周囲に置いていた工具箱を探す茜。だがどこを探しても見当たらない。
「だーれだっ」」
ふと背後から聞き覚えのある声がして、次の瞬間目を何者かの手で覆われる茜。
「東原、だろ?」
「ふえぇ、どーしてわかっちゃったのう?」
ぱっと手を離されて、背後を振り向くと、ののみが工具箱を重そうにしながら、大事そうに抱えていた。
「めーだよ、だいちゃん。いそがしくてもぽいぽいものほっぽりだしちゃ」
頬を膨らませて怒るののみ。いい加減持ちきれなくなったのか、工具箱を茜に手渡すと手すり近くの階段に座り込む。 「珍しいな、こんな夜遅くまで残っているなんて。」
「えっとねうんとね、たかちゃんのおしごとてつだっていたんだけど、『あとはいいから他の人のお手伝いしてきなさい』
っていったから、いろいろなひとのところいってね、おてつだいしたのよ」
ののみは胸を張ってそう答えた。

「ヘぇー…、でも僕の部署は今大体一区切りついたから、今上がろうとしてたんだ」
「ふえ?そうなの?、だいちゃんはがんばりやさんだもんね」
ののみの何気ないその一言にかーっと赤くなる茜。
「ば、ばばば、馬鹿言うな、ぼ僕はけっしてこの小隊の為に頑張ってるわけじゃ…。必要なことをこなしているだけだ」
「ほえ?でもだいちゃんは、いつもがんばっているのよ。ののみにはわかるの」
「ふ、フン!勝手にそう思っているがいいさ」
それきり茜はふいっと明後日の方を見た。
「あのね、たかちゃんがね、がんばっているひとにはごほうびあげようっていうの。だからののみはだいちゃんに
ごほうびをあげるの!」
そう言って、茜の頬にキスしようとするののみ。茜は突然のことに慌てて数歩後ずさる。
「な、何するんだよいきなり」
「ふえ?ののみががんばっているとね、いつもたかちゃんがこうしてくれるのよ。
だからののみもだいちゃんにおなじこと するのー。…ののみじゃいや?」
涙目になるののみ。ここで下手すれば本当に泣き出してしまいそうだ。
「わー、泣くなよ。…嫌じゃないよ」
「ほんとに?」「ああ、ほんとだ」
「じゃあ、いくね?」
次の瞬間、ののみは茜にフレンチキスをした。しきりに黙る二人。
最初に口を開いたのは、茜だった。
「も、もうこんな時間だ。送っていくよ」
「ありがとなのよ、だいちゃん。ねぇねぇ、てつないでもいい?」
「ああ、いいよ」

そうして二人は揃って家路についた。
だが彼らは知らない、こんな時も奥様戦隊がきっちりマークしていることを。
「フフ、ばっちり現場は収めましてよ、若宮の奥様」
「流石ですわ、これで明日が楽しみですこと、善行の奥様」
おーっほっほと喜びの声をあげる二人。
「しかし、茜が東原にお熱だったとは知りませんでしたな。てっきり義姉の森かと思っておりました」
「ええ、しかしこれでは瀬戸口君も黙っていないでしょう。なんせ彼の1番のお気に入りですからねえ、ののみ君は」
「まったくです。明日は嵐が吹きますな」
彼らもまた再び任務に戻っていった。”出歯亀”のであるが。



当然次の日には、茜と東原が付合っているのではないかという噂が広まり、この噂は瀬戸口の耳にも入ることとなる。
急に1組教室の戸が勢いよく開け放されると、瀬戸口が血相変えて入ってきた。
「茜はどこだー!!」
「フン、僕ならここだよ」
両手を腰に当てて、瀬戸口を冷ややかな目でにらみつける茜。次第に火花が散り合う二人。
「俺の可愛い可愛いののみを傷物にしやがるとは良い度胸してるな、お前」
「何言ってるんだ、それはまったくの誤解だ!」
「真相などどうでもいい、お前さんには一度きっちり分からせておく必要があるしな。来い!ののみを賭けて決闘だ!」
「遠慮は要らないけど変なところは触らないでくれよ、汚らわしい」

校舎裏での真昼の決闘となった。 しきりに火花を散らし合う二人。拳を交えようとしたその刹那、

「だめーーーーーーーーーーーーーー!」

ののみの叫び声が、遠くから聞こえてきた。
「みんななかよくするのー、あらそいあうのはめーなのよー!
どうしてもけんかするっていうなら、ののみぐれるからね!」
最後の言葉が主に瀬戸口に効いたのか、さっきまでの刺々しい雰囲気はどこかへ飛んでいってしまった。

「…今回はののみに免じて放っといてやる。だが次は容赦しないからな」
ぎらついた目で茜をにらみつけると、瀬戸口は戻っていった。
一人取り残された茜は、
「…なんだったんだよ、一体」
もはや訳がわからなくなっていた。



 その後、ある所からの情報によると茜と東原が付合っているとか、茜が東原を傷物にしたとかというのは
まったくのデマであることが判明。噂を流していたと思われる、脛毛とマッチョペンギン(目撃情報による特徴)
は只今姿をくらましていることから関連性は高いであろう。

まあ当事者である、茜は東原に全然その気がないようでもないようであるため、噂が事実になるのもそう遠くないであろう。
瀬戸口も気が気でない状況はまだどうやら終らないようだ…。


〜終幕〜