「真夏の一恋」前編
それは、とある晴れた昼下がり。
連日降り続いた雨も、夏間際の気温上昇の所為でとうの昔に乾ききり、グラウンドにはひびができていた。
うだるほどの暑さという表現が一番正しいだろうか。
ここ熊本では連日30度を越し、気温の変化は静かに、それでいて確実に学兵たちの士気を奪っていた。



立っているだけでも汗がにじみ出てくる暑さの中、グラウンドを走り続ける人影が1つ。
5121小隊所属、斥候歩兵(通称スカウト)の若宮康光であった。
一頻りグラウンドを回って、汗を首に巻いたタオルでぬぐっていると聞き覚えのある声が背後からする。
「…まだ、やっていたのか?」
足を止めて、聞こえる方向に振り向くと、正門へと通じる階段に仁王立ちしている芝村舞の姿が見えた。
両手を腰に当てて、意気揚々と立つ様は相変わらずだったが、心なしか顔色が優れないようである。
何分この暑さである。自他共に認める訓練馬鹿(褒め言葉)の若宮とは身体の構造からして違うためか、
しきりに汗を拭いていたが敢えて悟られまいとしていた。

舞は、タイミングを見計らうように、階段を下りて、汗をぬぐう若宮の傍へと歩み寄っていく。
「おう、珍しいな、ここで会うとは」
「訓練するのは良いが、この暑さだ。日射病で倒れては身もふたもあるまい?」
「大丈夫さ。自慢じゃないが、生まれつき身体は丈夫でなぁ。風邪一つ引いたことないぞ。そんなことより
お前こそ、ここにいたら倒れるんじゃないのか、なんだか顔色が悪そうだぞ?」
不意に舞の額に触れる若宮。すぐさま自分の額に当てて体温を確認する。
「なっ何を?!@%&!!」
声にならない叫びを上げる舞。そんな態度をものともせず、額に手を当て続ける若宮。
次の瞬間、手が離れたかと思うと、急に担ぎ上げられる舞。
「ば、馬鹿者! 何をするっ!」
若宮の腕の中でじたばた暴れる舞。
「軽い日射病だな。まったく、丈夫じゃないのに何も飲まずによく立っていたもんだよ。
とにかく、しばらく休め。俺が日陰まで連れてってやるから」
「は、離せ! 一人で歩ける! こんな姿は余人には見せられん!」
「恥ずかしがってる場合かよっ。いいから黙ってしがみついとけ」
普段の温和な彼の態度とは違う真剣なものを感じた舞は、渋々従った。

グラウンド外れの大きな木近くまで歩くこと数分。
根元にもたれかかるようにして上半身を高くして舞を座らせると、自分の訓練用にと取っておいた
スポーツドリンクを取り出し、ペットボトルの蓋を開ける。
「舞、自分で飲めるか?」
若宮の声にかすかに反応を見せる舞。
ゆっくりとペットボトルを受け取ると、おぼつかない手つきで飲み始めた。



その後、二時間ほど過ぎただろうか。
周囲を見渡すとそこはグラウンドではなく整備員詰め所のベッドの上だった。
ようやく意識が戻ってきた舞は、制服の上着を脱がされブラウスのみとなっていることに気付く。
多分恐らく脱がしたのは若宮以外の誰でもないわけだが。その事実に気付いた次の瞬間、いろんな感情が
合い混ぜになって混乱した舞は、顔を真っ赤にしてその場にうずくまった。

「おお、気が付いたか」
声のするほうへ振り向くと、制服姿に着替えた若宮が詰め所の入り口に立っていた。
次の瞬間、舞は枕を掴むと思いっきり若宮の方向へと投げ込む。
「お、おい! どうしたんだ?」
突然の舞の奇行に驚くしかない若宮。
「私の服を脱がせたのは…そなたか?」
突然の舞の質問に、耳を疑う若宮。
「あ、あぁ。悪いとは思ったんだが、応急手当するために必要だったんでな。
丁度ここに運んできたとき、石津も誰もいなくて、俺がやるしかなかったんだ」
「そ、そうか」
「いや、本当に上着を脱がしただけであって、その、下心は無いと思う…多分」
照れて鼻を掻く若宮。
「ま、まあ良い。元はといえば私が悪いのだ。気に病むでない」
結局その後、二人して照れて下を向いた。

しばしの沈黙。最初に口を開いたのは若宮の方だった。
「それにしても、今日は何でずっと見てたんだ? 何か用あるなら呼んでくれれば良かったのに」
「そ、それはその…。な、何でもよかろう!」
舞はぷいっと横を向いた。また別な意味で顔が赤い。
「何でもよくないだろう…。重要なことなのか?」
その刹那、勢いよく一枚のチケットが若宮の顔にぶつけられた。
まじまじとその内容を見ると、市民プールの無料券だった。
「お、おい。これって…」
「そのまさかだ、たわけ。わ、私は別にいいと言ったのだが、原がくれたのでな。そなたが、嫌でなければ
その、一緒にどうかと思って」
「ああ、俺なら全然問題ないぞ。まったく、それならそれとはっきり言ってくれよ。驚いたじゃないか」
「ふむ、そうか。ならば日曜は空けておけ。で、デエトとやらをするぞ!」
「はは、了解だ。楽しみだな」


その頃一部始終を、詰め所に仕込んだ盗聴器から聞いていた原と善行は
「なるほど…そういう手に出ますか」
「どういう意味かしら?」
「ずるいですよ、外部から手出ししては賭けにならないじゃないですか」
そういってふうっとため息をつく善行。
「あ〜ら、そんな事決めたかしらねぇ。これで勝ちはもらったわよ善行」
「おや、もう勝利宣言ですか? まだ最後の条件が残ってますよ」
「最後の条件? フフフ、既に手は打ってあるわ」
勝ち誇った顔で笑顔を浮かべる原。
「なるほど…じゃあお手並み拝見といきましょうかねぇ」
怪しげな笑みを浮かべる二人は、暗闇へと姿を消した。

果たして、賭けの内容とは! 最後の条件って何よ善行!
舞と若宮の運命や如何に!


などと鮮やかに疑問を持たせつつ、続く…。



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