「Stand by Me」
少女の名は芝村舞。かの有名な芝村一族の末姫である。
芯は強いが照れ屋なこの少女に、最近恋人が出来た。
恋人の名は来須銀河。戦闘能力に秀でた、寡黙なスカウト兵である。
来須の口数の少なさが少々気になるところであるが、それでも彼女は幸せだった。
ただ一つ、この恋人が出来てから悩みが増えたことを除いては…
「最近、ひどく肩が凝るのだ」
「………」
「笑うな! 私は真剣なのだぞ!?」
隣に座っている男の口元がかすかに動いたのを目ざとく見つけ、少女は叫んだ。
勢いあまって手にしていたヤキソバパンを握りつぶしてしまったが、彼女は気にした素振りもなく言葉を続ける。
「原因が何なのか、昨晩は寝ずに考えてもみたが、それでも突き止められぬのだ。今まで肩が凝るなどなったことがないというのに…」
「……そうか…だから今日の弁当はコレなのか…」
舞と同じように、来須の手の中にもヤキソバパンがあった。
彼の膝の上には、いつもならば舞の手作り弁当が包んである布が広がっている。
ご丁寧に、彼女はこのヤキソバパンを包んで持ってきたのだろう。
デザートも何もなく、ただパン一個だけというのが彼女らしいと言えば彼女らしいか。
舞は、申し訳程度にかじられているパンを黙ったまま見つめる。
「……む…コホン、まぁ、そういうわけだな」
「……」
「な、なんだその目は!」
「………」
「う……ぬ…」
「…………」
「…そ、その…確かに悪いとは思うが……ゴニョゴニョ…」
無言の戦いでは彼女の方が分が悪い。
さすがに罪悪感もあったのか、舞は来須から視線をはずし何やらモゴモゴと口を動かしている。
別にそんなに責める気などさらさらなかったので、彼は視線をはずされればそれ以上の追求はせずに、矢張り無言のままヤキソバパンを口に運ぶ。
口の中に入った物を何度か租借し、飲み込む。そんな動作を繰り返し行う。
できれば飲み物の一つは欲しい所であったが、贅沢は言えない。
ただ黙々と食べ続け、彼の食事は数分足らずで終わった。
これほどあっさりした食事風景はなかなか拝めないと言うものだ。
一呼吸置いてからふと舞の方を見れば、彼女はまだヤキソバパンを握りつぶしたままブツブツと呟いていた。
さすがに呆れの色を見せる来須。
「……舞」
「っ! だからすまなかったと言っているだろう!」
「違う。さっさと食べろ」
言いつつ、彼女の手の中のパンを指差す。
舞は今初めて彼の手の中にあったものがなくなっていることに気がつき、「わ、わかっている」などと言いながら、不恰好になったパンにかじりついた。
見かけは酷い有様だったが味は変わっておらず、自然と口の中に入っていく。
焦るようにパンを食べる恋人をながめながら、来須は呟いた。
「…そんなに凝っているのか?」
「…そう言っているだろう」
「もんでやろうか?」
途端、舞が「ふぐぅっ!」などと苦しげにうめき、胸をどんどんと叩き始めた。
どうやら咽にパンがつまったらしい。
来須が助ける間もなく彼女はパンを胃に落とすと、生理的に出てきた涙を浮かべながらキッと恋人の顔をにらみつける。
が、なぜか照れた表情なので今ひとつ迫力に欠ける。
「突然何を言い出すのだ!?」
声が上ずっている。
何をそんなに照れる必要があるのだろう。と内心首を傾げながら来須は答えた。
「凝りにはマッサージが効く」
「知っている。だが…その……ゴニョゴニョ」
「……嫌か?」
「いいいいいい嫌ではない!」
どもりながらもハッキリとそう答えた後、舞はハッと表情を変え、またまた真っ赤になった。
何故そこでまた照れるのか。来須はやはり疑問に思いながらも、とりあえず嫌がられてはいないことを知ると、立ち上がって舞の後ろ側に移動した。
「……お、おい、来須」
「黙っていろ」
こちらに振り向こうとする舞の顔を静かに前に向けさせて、彼は彼女の肩に手を乗せた。
一瞬、舞がビクリと身体を強張らせたのが手に伝わったが、突然手が触れたせいだろうと解釈し、来須はそのまま指の腹に力を入れようとする。が……
「……舞」
「ななななな何だ!?」
「そう緊張していては意味がない」
「しししししかしだな……」
やはり緊張は解けない様子である。
不思議に思いながらも、無表情のままで来須は考えた。
彼女はマッサージが嫌ではないと言った。では何が原因だ? 何かに不安感を抱いているのか? だとしたらそれを解消してやらねばならない。
「大丈夫だ。力を抜け」
できるだけ優しく言葉にする。
この「大丈夫」という言葉は、よほどのひねくれ者でない限り、信頼のおける人物が言えば絶大な効果がある。
まして二人の間柄は「運命の絆」。愛情値も友情値もMAXである。効果が得られないわけがない。
舞はその言葉に少しは安堵したのか「うむ……」と呟き、その後は強張っていた肩からスッと力が抜ける。
その感覚は来須の手にも伝わった。
彼はゆっくりと指の腹に力を加え、彼女の肩を少し押すようにマッサージする。
と、
ぐりっという嫌な音がして、同時に舞の悲鳴にも似た声が響いた。
さすがに驚き、来須は思わず彼女の肩から手を離す。
何が起こったのか今ひとつ理解できないままでいる来須に向かって、舞は勢いよく振り向き睨み付けると、涙目になったまま叫んだ。
「馬鹿者! 全然大丈夫ではないではないかっ!」
「……すまない」
「すまないではない!」
ギャーギャーと罵る舞。
よくよく考えてみれば、職業がスカウトの来須である。屈強なこの男に肩をマッサージされては痛いものはかなり痛いのだろう。凝った肩ならなお更だ。
「そなたには加減という言葉がないのか!?」
「……すまない」
「だから、すまないではないと言っているだろう!」
「……すまない」
同じ言葉を繰り返す来須。
舞はムムムッと表情を変えると、前に向き直って腕を組んだ。
「もうよい! そなたにもう一度チャンスをやる! 今度はうまくするが良い」
「しかし……」
「力の加減なら先ほどので解ったであろう。続けよ」
先ほどまでの緊張はどこへやら。舞は尊大な態度で言った。
来須は言われるままに、彼女の肩に手を置いた。
それからは舞に従いながらマッサージを続けた。
「そんなに強く押すでない!」
「もうちょっと下……馬鹿者! そこは骨だ!」
「ぐっ……指先で押すな!」
等々。
舞から出てくる言葉を参考にマッサージを続け、終わったのは昼休み終了10分前だった。
なぜかマッサージを終えた後は、二人とも一運動し終えたように息が上がっていた。
ある意味、一つの訓練であったと言っても良い。
「フっ…どうだ来須。これで芝村的マッサージ法は完璧であろう」
すっかり血行もよくなったのか、顔色もよくなった舞は優雅に笑い、彼の顔を見上げて言った。
対して、来須は何やら腑に落ちないような感じで呟く。
「……当初の目的とズレていないか?」
「む……そんなことはない」
言いながら彼女は立ち上がり、来須の前で腕を回して見せる。
滑らかに動く腕を見つめながら、舞は「ふむ」と呟き、もう一度彼の顔を見上げて、笑って見せた。
「かなり楽になった。礼を言う」
「……そうか」
はたしてこれは自分の成果と言えるのかはどうか謎ではあったが、こうも素直に礼を言われては否定する気も起きず、彼はただそう呟いた。
舞は目で微笑む。
「さて、そろそろ行かねば授業に遅れてしまう。行くぞ来須」
そう言って彼女は再び彼を見上げた。
見上げ……
はたと、舞は何かに気づいたように表情を変える。
「………どうした?」
「そうか……」
不思議そうに彼女を見おろす彼を差し置いて、彼女は呟く。
「私の肩凝りの原因が今わかった」
「?」
「そなた、身長は幾つだ?」
「190はなかったが…187ぐらいか…」
彼は答える。
来須銀河:身長187cm
芝村舞:身長158cm
その差、約30cm。
「それだ」
ズビシっと来須に人差し指を突きつけ、彼女は言った。
もちろん、相手を見上げながら。
「そなたと話すときは、いつもこうやって見上げて話さなければならぬ。首に相当な負担がかかっているといっていい」
「……そうかもしれんな」
「かもしれないのではなく、そうなのだ! ええい、全てそなたのその理不尽な身長のせいだ! もう少し小さくなれ!」
「……舞、さすがにそれは無理だ」
「ならば私が180cmになってやる。芝村に不可能はない!」
彼女は力強く言い切った。
思わず身長180cmの舞を想像する来須。
………
「……困るな」
「何故だ?」
「出来なくなることがある」
言うが早いか、彼は舞の腰に手を回した。
この時点ですでに舞は「ななななな何をする!」とわめいていたが、それでも鍛えられたスカウト兵から逃れられるわけはなく、彼女の体は易々と宙に浮く。
彼は彼女を抱き上げ、片腕に彼女の腰を下ろさせると、落ちないようにもう片方の腕で舞を支える。
わずかに彼よりも顔の位置が高くなった舞を見上げ、来須は口元だけで笑った。
「抱き上げるには、この位でいてもらいたい」
「ななななっ……!?」
真っ赤になりながら、舞は言葉も出せずに来須を見おろす。
いつもなら帽子に隠れて見えにくい表情も、ここからならよく見て取れた。
美しい青い瞳に自分が映りこんでいるのが見える。
なんとも新鮮な気分だった。
「見上げるというのも、たまにはいいものだな」
来須も同じ思いだったのか、そんな事を呟く。
余裕のある表情が浮かんでいるのがわかる。舞は少しだけ不服そうに眉をひそめた。
「私はこれよりももっと高い位置を見ているのだぞ」
「そうか」
「しかも、そなたと話している間ずっとだ」
「ああ」
「……ふん、しばらくそうして見上げることの苦労を知るがいい」
言いながら、舞は彼の帽子に手を伸ばす。
普段ならば来須に取ってもらわねば届かぬその帽子を、今日彼女はいとも簡単に手に入れる。
自分の頭より大き目のその帽子を被り、彼女は来須の首に腕を回した。
終