「奇跡のトビラ」
 
 
 
時は四月十日、0時00分
 
若宮康光は準竜師が運転する軍用ヘリに乗っていた。
 
これから彼が向かうは熊本の中でも一、二を争う激戦区である、阿蘇特別地域である。
 
 彼はそこで、少女と猫を救うために戦うのだ。そう、たった一人で・・・。
 
俗称的には「降下作戦」と呼ばれているが、今の彼には只使命を果たし、無事帰還する。・・・それだけのことでしかなかった。
 
 
 
何故、降下技能も持たない彼がそんな大仕事を任されるようになったのには訳がある。
 
それはちょうど2週間ほど前に遡る。
 
若宮は芝村舞と恋人になってからというもの、訓練も仕事もいつも一緒に行っていた。
 
そのせいもあり、若宮は舞から天才技能を修得するに至った。
 
その後、早朝に準竜師に呼び出され、この作戦を頼まれることとなった。
 
当然若宮は断る訳も無く、快諾した。
 
 
作戦当日、若宮は一人グランド外れで訓練に明け暮れていた。
 
「そろそろ時間か・・」
 
若宮は時間を確認すると集合場所へ行こうとした。
 
「若宮!」
 
突然背後から声が聞こえたので振り返ってみるとそこには
 
舞が憮然とした態度で立っていた。
 
「よ、よう。大変だな、こんな遅くまで整備か?」
 
若宮は当然今日のことを隠し通すつもりでいた。
 
余計な心配を掛けたくなかったからだ。
 
「・・ふっ、嘘をつくならもっと上手くつけ。
 
隠さずとも良い、どうせ従兄弟殿の所だろう?。」
 
「・・まいったな、ばれていたか」
 
「しかしそなたも早まった真似をしたものだな。
 
スカウト一人ではこの任務は重すぎるというに・・。」
 
「試練さ、俺にとってのな」
 
「なんだと?」
 
「前にお前言っただろ?、三百の幻獣の首を狩り、伝説の決戦存在とやらになれって。
 
でも俺はスカウトだ。士魂号に乗ってるお前とは違って一日に稼げる数なんて僅かだ。
 
ちょうどその時だったよ、今日の作戦の話が来たのは。」
 
「た、確かに私はそう言ったかもしれん、だがそれ以外でも方法があるだろう!。
 
わ、私と3番機に乗るとか・・」
 
「それでは意味が無いんだ。俺はスカウトという職業に誇りを持っているし、
 
今更別の手段で撃墜数を稼いでも、俺が俺である理由を失ってしまう・・。
だから今回だけは見逃してくれ、頼む。」
 
「・・分かった。但し必ず生きて帰ってこい!。
そなたに死なれたら私はどうにかなってしまうやもしれん・・。」
 
「ああ、約束しよう。」
 
 
 
 
そして場所は変わってヘリの中。
 
 
「俺は生きて帰る・・絶対にな・・。」
 
軽く拳を握り締め、若宮はそうつぶやいた。
 
 
 
 
 
「降下まであと5、4、3、2」
 
準竜師の合図に合わせ、勢いよくハッチが開く。
 
下に見えるは戦場。彼の運命を決める場所。
 
「そこ」は辺り一面幻獣が群れをなし、赤く染まっていた・・。
 
若宮はもはや何も言わず、何も見ずに、ただひたすら明日への希望を胸に抱いていた。
 
新型中の新型ウォードレス、武尊に身を包み高射機関砲とわずかの弾薬のみを身につけて
 
「そこ」へ飛び立った。
 
一際高くせりだった丘にその護るべき少女と猫はいた。
 
彼らの周りにも幻獣はいたが、それらはすべて彼らを護る為に存在していた。
その中で猫は二本足で立ち、巨大な光の壁を展開していた。
 
その防壁目掛け、戦艦型幻獣スキュラのレーザーが命中。
 
激しい衝撃が響く。その周りで彼らを護る幻獣も一匹、また一匹と青い光となって少女の周りに集まって行く。
 
少女はその光を抱きしめるようにしてつぶやいた。
 
              「ありがとう」と
 
 
 
その頃、若宮は建物の陰に着地した。
 
向きを変え、目指すは小さき丘。猫と少女を護るために。
 
 
低空飛行で這うように飛び、高射機関砲の射程範囲にスキュラを捕らえると続けざまに
 
撃ちぬいた。スキュラが低い音をを上げて沈んで行く。
 
弾装を変える暇なく側のミノタウルスに連射を浴びせ掛けた。
 
瀕死の状態に持ち込むと、そのまま蹴りとばした。
 
鈍い音を立てて倒れ込むミノタウルス。
 
 
沈み込んだのを確認すると、若宮は弾を入れ替えた。
 
          あきらかに弾より敵の数が多すぎる。
 
 
「最後にはてめえの体一つで勝負・・か。」
 
若宮は本田の言っていた言葉を思い出すと不敵な笑みを浮かべた。
 
 
 
 
防壁がついに打ち破られた。
 
これを好機と思ってか、大量の幻獣が猫と少女を目掛けて押しかけてきた。
 
彼らの周りにはもはや味方は無く、逃げるしか術は残されていなかった。
 
少女は猫を抱き寄せると、一生懸命走り出した。
 
その後ろをからかうかのように追いかける幻獣達。
 
逃げ場を失い、もはやこれまでと彼らが思いかけたその時・・
 
 
一筋の閃光が一匹の幻獣を貫いた。うごめくように崩れるキメラ。
続け様に、2匹のキメラが打ち倒された。
 
「間に合ったか」
 
発砲直後独特の煙と臭いが消えたあと、若宮が物陰から現れた。
 
 
 
「・・助かったようです」
 
「ニャ」
 
ふと周りを見上げるとそこには護るべき少女と猫がいた。
 
若宮はその猫を見るとふと、その猫がブータに似ているように感じた。
 
「まさか・・な」
 
そのまま猫を見ていると、自分に投げかける視線に気がついた。
 
「大丈夫か」
 
若宮はそう彼女に話し掛けた。
 
「はい」
 
「そうか、ならまだ生きられる。安心しろ」
 
「はい・・」
 
 それきり若宮は話をするのをやめてその場にいる幻獣をまた一匹、一匹と打ち落とした。
 
そのうち予想していた通り、弾切れになった。
 
若宮は高射機関砲をその場に投げ捨てると走り出した。
 
ゴルゴーンの背後を取ると音速の蹴りを奴のどてっぱら目掛けて決めた。
 
倒れ込む姿を確認すると、すぐさま次の目標目掛けて走り出す。
 
「あとひいふうみい・・十体か・・」
 
戦わねば終わらない、分かっていたはずなのに。
 
          
           それだけ気持ちは焦っていた。
 
 
 
少女はそんな若宮の姿を目で追いかける。
 
自然と、涙が出た。
 
 
疲労した足を引きずり、微かな声を上げて泣き出した。
 
猫はそんな彼女の気持ちを知ってか短く鳴いた。尻尾が揺れる。
 
 
 
「お願い、あの人を護って。私の為にあの人が傷ついてはだめ・・。」
 
少女は祈ることしか出来なかった。
一際強い、願いを込めて・・。
 
 
 
同刻、若宮は立ちはだかるキメラの死角を突いて蹴りを食らわせていた。
 
接近戦では明らかに分が悪いこの状況の中、一撃で幻獣を踏み潰すその姿は正に鬼神
と化していた。
 
また一匹、一匹と幻獣が倒されるなかで、若宮の疲労もピークに達しようとしていた。
 
若宮は物陰に隠れると、その場にしゃがみこんだ。
 
「なんとか持ちこたえらそうだが・・正直あと一、二体が限界だな・・。」
 
その直後、若宮の手が光り始めた。
 
「なんだ、この光は・・。」
 
それは激しくも優しい光で、瞬く間に彼の周囲を灯し始めた。
 
「力が溢れてくる・・。俺にまだ諦めるなってことか。ならば俺も
その期待に答えてやろうじゃないか!。」
 
若宮はすぐさま立ちあがると、目前に迫るミノタウルス目掛けて強烈なボディブローを
お見舞いした。
 
反動で吹っ飛ばされるミノタウルス。そのまま瓦礫に衝突し崩れ落ちた。
 
奇跡的に神掛り的な強さを得た若宮は、瞬く間にその場にいた全ての幻獣を叩き潰した。
 
 
 
それから数分も経たぬうちに、戦闘は終了した。
 
 
 
まどろむ意識の中、「少女」は担架の上で目を覚ました。
 
足が痛む。骨が折れたようだ。
そこへ準竜師がやってきた。
 
「どうだ」
 
「あ、はい・・九州撤退が条件です・・」
 
「そうか、その程度だろうな。ご苦労だった」
 
 
準竜師は頷くと担架をヘリに積み込ませた。
 
「あ、あの・・」
 
「なんだ?」
 
「あの人は・・・。」
 
「お前が知る必要はない、忘れることだ」
 
「はい・・」
少女はそれ以上詮索することを止め、瞳を閉じた。
 
 
 
「ご苦労だった、これで戦争は我等に有利なように動くだろう・・。」
準竜師は敬礼を崩さず直立不動でいる若宮にそう言い放った。
「はっ!」
「しかし、小隊付きの戦士の身にしてはよくやった、というべきだろう。
若宮、今後お前は特別に優遇してやろう。以上だ。」
 
 
 
 
 
 
降下作戦翌日、若宮は勲章を受賞。銀剣突撃勲章及び星従軍章の二つである。
 
クラスの誰もが祝福する中、舞だけは浮かない表情をしていた。
 
 
「よお、芝村。約束通り無事帰ってきたぜ。」
 
「う、うむ」
 
「どうした、嬉しくないのか?」
 
「う、嬉しいが、私はこう言う時何を言えばいいかわからん・・。」
 
「形だけの言葉なんかいらん。俺はお前にまた会えただけで充分嬉しいさ。」
 
若宮はそう言うと芝村を抱き寄せた。
 
「・・心配掛けちまったな。大丈夫、もうお前の側から離れないさ、絶対にな。」
 
 
 
若宮のその言葉に舞は無言で頷いた。
 
「それと・・今度の日曜何か美味いものでも食いに行こう。俺のおごりでな。」
 
「ば、馬鹿者!!。私をここまで心配させたのだから当然だ!。」
 
「わはは、それもそうだな!!。」
 
 
 
 
 
奇跡のトビラ・・偶然でもいい、開いたのなら二度と閉じないでくれ。
 
少なくとも俺が生きていられるうちは。