「愛なんていらねえよ熊本」

時は西暦1999年、3月28日。
それはとある晴れた月曜日の放課後のこと。

若宮はグラウンド外れで、サンドバッグを叩いていた。

「ようー!、今日も訓練かー?」
声のした方向に振り向くと、そこには田代が一人立っていた。
何やら顔が赤く、しきりに胸元を空けながら会話をしている。
視線の焦点が合ってないようだが、はて?。

「あ?、あ、ああ。いつ召集がかかるともわからんしな。ただでさえ、ウチは場慣れした人間が少ないから
余計俺のような古参の人間ほど頑張らなくてはならん。」

「そ、そーだな。」
生返事しかしない田代を怪訝に思った若宮は問いただしてみることにした。

「それはそうと、こんな時間にどうした?。今仕事時間のはずだろ?。
こんな所にいたら素子さん、もとい副委員長に怒られるぞー?。」

 田代が、明後日の方向を見ながら、突然拳を突き出した。

「わわっ!」
 動きが止まっている田代。
 頬のところが赤くなっている。

「何やってるんだ?。」
「…バカ! 早く受け取れ、手が疲れるだろうが!」
「…。」
 手に、小さなウサギのキーホルダーがぶら下がっている。
「ありがと。」
「…。」
「…昇進祝い?」
「…。」
 田代は動きをとめたあと、小さくうなずいた。
「…ウサギ。」
 田代は、きっとにらむと、光る右ストレートで若宮を殴って行った。
 肩を怒らせて去っていく。
恐るべし神の拳を持つ少女。
百戦錬磨のスカウトをも軽く10メートルほどふっ飛ばしていたのだから。



若宮が気づいた頃にはすでに田代の姿はなく、何処かへ消えていた。


若宮は、先の戦争で銀剣突撃勲章を授与。
その働きぶりを買われ、彼は今朝戦士から十翼長へ昇進した。

彼の陰での努力を全てこれまで見てきていた田代にとって、昇進は自分のことのように喜んだ。

それもそのはず、整備の手の空いた時にはいつもグランドはずれに来て、若宮の訓練の手伝いをしていたのである
あれで結構純情少女な田代は、態度こそぶっきらぼうだが誰よりも若宮の事を想い、気にかけていた。
いつからか、不思議と若宮に惹かれていく自分に戸惑いを覚える田代。
恋愛経験なぞ一度もない彼女にとって、今の気持ちは不思議な感覚だったのである。



無意識にグーで殴ってしまった田代は、あまりの恥ずかしさに学校を飛びだし、今町公園まで来ていた。

(はー・・、なんであんなことしちまったんだろ・・)

田代はベンチに座ってうな垂れた。背中が寂しそうだ。

ちょうどそこへ、田辺が通りかかった。新市街でのバイトを終え家路につく最中のようだ。
公園を通り過ぎようとして田代がベンチに座っているのを見かけた。

「ど、どうかしたんですか?。なんだか顔色が優れない様子ですけど・・。」
「・・田辺か。・・・なんでもねーよ、一人にしてくれるか?。」
「で、でも何か悩み事でもあるんじゃないですか?。
あっ!お金の事は駄目だけど、だったら相談に乗りますよ?。
わ、わたしじゃ何のお役にも立てないかもしれないけど・・。」

田代はそれでも田辺を振り払おうと何か言おうとして、涙目になってきている田辺を見ると
いよいよ観念した。

「・・・なあ?、田辺。」
「・・はい?何でしょう。」
「あ、あのさー・・おめえ、その恋とかしたことあるか?。」
「えっ?、こ、恋ですか?。」

田辺は田代の口から意外な言葉が出たことに一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに気を取り直すと
語り始めた。
「・・そうですね。今の学校に来る前は、私虐められていたんです。
向こうでもいっつもドジばっかで・・。あの時もそうでした・・。」



その人と会ったのは、
雨が降る、雨が降る降る…。
そんな中のことでした…。

とある高校の屋上で、私はいびられていましたんです。

女子校生A「この、クズ、いや、このグズ!。否定のしようもないわねー。あうあうじゃないでしょ?。真面目にやってよね!。」
田辺「ごめんなさい! ごめんなさい…。」
女子校生B「謝ればいいってわけじゃないでしょ。 整備ミスでパイロットが死んだら、どう責任取るつもりなのよ?」
田辺「ごめんなさい! ほんとうにごめんなさい!」
女子校生C「あなた、歩兵になって死んだほうが味方のためよ。」
田辺「…。」
女子校生A「…一生懸命だけじゃ、戦争の手伝いなんて出来ないのよ。」
女子校生C「…。」
女子校生B「いい? 今日はそこに立ってるのよ。後で私がもういいと言いに来るまでね。」
田辺「…はい…。」


時を同じくして、遠坂はプレハブ校舎2Fにいた。

遠坂「(…金持ちの子なら…戦争しなくても…いい…か。)
 …なんだ?くしゃ…み?」

屋上を覗いて見ると、そこにはずぶぬれになった田辺が立っていた。どことなく寒そうだ。


「…なっ…。…」
 その人は、しばらくこちらを見た後、夜の空を見て不意にポケットから、白紙の命令書を、出しました。
「…これを持って、生徒会連合まで行きなさい。」
「…え?」
「いいから。そこで、望みを言えばいい。転属でも、何でも。」
「…え?」
 その人は、私の冷たい手を握りました。
「いいですね。」
 それだけ言うと、その人は、走っていきました。
 それが、その人を意識した はじめてのことでした…。






「私が今ここにいるのも遠坂さんのおかげなんですよ。
手回ししてくれた命令書を使ってここに来たんです。・・恩返しがしたくて・・。
もっとも、私がここに来るなんて彼は予想してなかったみたいですけどね。」

そう言って田辺は笑った。

「それからずっと・・あの人の助けになれれば、それが私の喜びで・・。
私じゃ何も役に立たないかもですけど。これも恋みたいなものかしら・・。」

「・・・そうか。」

田代は静かに田辺の言葉に頷いた。

「あ、あの・・。大事なのは前向きに生きることだと思うんです、私。
何があっても明日はきっと晴れる、そう思わないと駄目になっちゃいます。」

田辺は真剣だ、語調が強くなってきた。

「くよくよしてても、しょうがないですよ?、ほら笑って笑って!。」

田辺は無理やり田代の顔をつかんで笑わせた。

「・・それで、田代さんは誰が好きなんですか?。」

田代は田辺のその言葉にむせた。

「ば、バカ!いきなりなんだよ。」
「えっだって、恋の悩み・・ですよね?。あっ、大丈夫です、私口堅いですから!」

激しく関係ないぞと田代は思ったが、もはやここまできたら言うしかなかった。

「・・誰にも言うなよ?、わ、若宮君だよ。」

そういって黙り込む田代。顔がかなり赤い。

「そ、そうなんですか・・・。そ、その告白とかは?。」
「いや、なんだ、こういうの初めてでよー・・まだしてねー。なんつうか恥ずかしいぜ・・。」

そういって田代はまたうつむいた。もう耳まで真っ赤になっている。相当恥ずかしいようだ。

「・・でも黙ってるよりは良いと思いますよ。言わなきゃ判らないことだってありますし・・。」
「ってかようー、あいつの昇進祝いをしてやったんだよ。ついさっき。」

田代は先程起きた話を田辺にまとめて話した。

「えっ?、殴っちゃったんですか?」
「・・だってよー、なんかバカにされたかなーとか勝手に思っちまってさー・・。」
「一体何を渡したんです?。若宮さんに。」

田代はいきなり小声になって、
「・・ウサギ。」
「はい?。」
「・・ウサギのキーホルダー。俺ウサギ好きでよーって笑うなよ!そこっ。」
「は、はいっ!。でも渡してすぐ殴ってしまったなら、若宮さんなんで殴られたのか判ってないですよ、多分。
それにバカにしたわけじゃないかもしれないじゃないですか!。」
「そっかなー・・。」
「そうですよ!きっと。だから今から行って謝ってきたらどうです?。
 ここでいじけてるのも時間が勿体無いです!。」
「わ、わーったよ。俺のガラじゃねえしなー。」

熱弁を振るう田辺の熱意に押され、田代はしぶしぶ承諾した。


そして場面は変わり、正面グランド前。
すでに日付けは変わり、周りには誰もいないようだった。ただ一人を除いて。

(やっぱ誰もいねーよな・・ってアレは若宮?)

田代は一人汗だくになりながら、仕事をこなす若宮の姿を見かけた。

(こんな時間までやってたのか・・。相変わらず頑張るねぇ・・。)

そうこうしているうちに、若宮はロビー入口前の階段に座って休憩を始めた。

「よー!、こんな時間まで仕事かーい?。」
田代はそう言うと裏マーケットで買ってきたやきそばパンを若宮にあげた。
「うあ?、田代か。珍しいな、こんな時間まで学校に残ってるとは。」
「はは、まーたまにはな。・・そっち座っていいか?。」
田代は若宮の隣に座った。何気に距離が近い。心臓の鼓動まで聞こえてきそうだ。

「あ、あのさー。さっきはすまなかったな・・。殴っちまってよ。」
「あ?、ああ、もう気にしてないから平気さ。しっかしお前のパンチはほんと凄いな。
スカウトの俺ですらふっ飛ばしちまうんだからよー。」

そういって若宮は笑った。白い歯が覗ける。

「あ、あのさー・・若宮?。」
「うん?。」
「お、おまえさー、好きなやつ・・いるのか?。」
照れながら田代は恐る恐る若宮に聞いてみた。

若宮は急に照れた様子でこう答えた。
「好きな人?、いないよー。恋愛にうつつ抜かしてるないしな。」
「そ、そっかー。」

田代は思いっきり深呼吸すると決意した。今言わないと駄目そうな、そんな気がしたからだ。
「そ、そのなんだ、お、おおおおお俺はお前が好きだ!、その好きだって言ってるだろ!。」
いきなりの告白(?)に目を白黒させて驚いた若宮だったが、すぐ気を取り直した。

「うむ。・・・これも人生というものだろう。」

それきり2人は黙ってうつむいた。月が、綺麗な夜の出来事だった。

この出来事ははすぐさま奥様戦隊に伝えられ、翌日にはあっという間に校内に噂が広まり、
同じく若宮を狙っていた新井木の怒りを買うこととなる。

田代VS新井木。若宮を賭けた至上最高の争奪戦の幕が今熊本で切って落とされようとしていた・・・。





続く・・・・かもしれない(爆)。